15 / 20

第15話

 マイクの前に立つと風の吹く心は湖畔のように静寂になる。  これから始まる激動を前にまだかまだかと手をこまねいているような緊張感。  新はこの瞬間が一番好きだった。  なのに気持ちが乗ってこない。どうしてだろう。  新の心は嵐のように吹き暴れ、突然生気を亡くしたように静まる。  ギター、ベース、ドラムの音を聞きそこに自分の声を乗せると、聴衆は音楽の波の中で踊る。  でも新の気持ちは同じところに立ったまま動けない。  心が、呼吸を、忘れる。  聴こえてる?  届いてる?  ナオトが傍にいないだけで、生き甲斐だった歌が虚しく思えるよ。  『どんなことがあっても歌っていて欲しい』  ナオトの言葉に必死にしがみついているだけの歌でも、好きだと言ってくれるだろうか。  最初は面倒なことに巻き込まれたと思った。  美声をなくし、存在価値まで失った。  喪失感に呑まれる新を誰もが割れ物のように扱い、そして無視をした。  誰も見舞いに来ない病室には花だけが毎日届き、無機質な病室を色鮮やかにする。  けれど、ただそれだけだ。  美声を失った新になど誰も興味がないのだ。  でもそんな新に真っ正面からぶつかってくれたのは、ナオトだけだった。  二億通りの会話は何度も新の心に塩を塗り込んだ。その痛さに何度もぶつかった。  衝突しても罵声を浴びせてもナオトは決して折れなかった。  いつだって新を想ってくれていた。  例えプログラミングされた結果だとしても嬉しかった。  三ヶ月という月日はあまりにも短くて、でもナオトを好きになるには充分な時間だった。  好きだと気付いた途端にいなくなるなよ。  卑怯だろ。  こんなに離れてたら嫌みの一つも言えやしない。  奥歯を噛み締めると苦い味がして、その苦さに涙が溢れた。

ともだちにシェアしよう!