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第1話

 16時10分。  中途半端な時間に田辺雅也は社に戻るべきか直帰をするか迷っていた。最後の営業先で思いの外早く商談を終わらせることが出来た。一応、会社には直帰すると伝えていたが、会社と自宅が同じ方向であったため、とりあえず電車に乗ってから考えることにした。  雅也は駅のホームで急行電車が来るのを待ちながら以前からずっと欲しかった鞄をスマホで探した。数週間前、たまたま乗り合わせた電車の乗客の一人が、雅也が欲しかったデザインの鞄を持っていた。黒色でストラップの付け方次第でトートバッグやリュックや斜め掛けバッグになるものだった。色々ショップサイトを見ていると程なく急行電車が入構した。乗り込んだ車内はそんなに混雑はしておらず、雅也は座席に座ると引き続きスマホで鞄探しをした。    発車ベルと同時に大学生っぽい男子が飛び込み乗車をして、一人分のスペースを空けて雅也の隣に座った。そして、雅也との間の席に無造作に鞄を置いた。雅也は何気なく目をやると、横に置かれている鞄は、今まさに雅也が探している鞄そのものだった。  雅也はスマホを見る振りをしながら、横に置かれている鞄をチラチラと見ては、購入に繋がる手掛かりを探した。スマホで写真を撮って検索出来ればと思うが、今のご時世では盗撮犯になりかねない。次の駅まで約10分少しの間で、声を掛けられるかなどと考えた。  しばらくすると、その鞄の大学生っぽい彼の様子が他の乗客と明らかに違った。浅く座ったり深く座ったり、座席のシートを撫でたり掴んだり、キョロキョロして吊り広告や乗客を見たり、全く落ち着きがなかった。雅也はクスリでもやっているのかと、警戒した。そして、その動きが止まると一点を見つめて、浅くて短い呼吸を頻回にし始めた。 (…発作か?)  雅也はかつて似たような症状を見たことがあった。短い呼吸はやがて、ゆっくりとした呼吸に変わり、そしてまた短くなる。  彼も同じように、呼吸が変わった。 (…パニック発作だ)  雅也は座席を横移動し、そおっと彼に近づいた。 「間違ってたら、ごめん。今ヤバい状況じゃない?」  彼は目だけ雅也の方へ動かした。 「パニック的なやつかな…」  彼は少しだけ、頷いた。雅也は手をかしてと言って彼の手を強めに握った。すると彼は雅也が握った力よりもっと強い力で雅也の手を握った。  彼は、堕ちる寸前だった。

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