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第2話

 雅也が新入社員の頃、女性の先輩社員が後から分かったことだがパニック発作を起こした。急にデスクに突っ伏して、苦しげに浅くて早い呼吸を始めた。周りの社員は驚いて背中を摩ったり、水を持ってこようとしたり、安楽にできる休憩場所を探しに行ったりと右往左往していた。雅也はただ傍に立っているしかできなかった。するとその先輩社員は雅也に向かって 「…ごめん、田辺君……手かして」  雅也は辛そうに言う先輩に向かって手を差し出すと先輩は予想していたよりも強い力で雅也の手を掴んだ。その時は雅也はその行為が何を意味しているかはわからなかったが、落ち着きを取り戻した後にその先輩から話しを聞けた。   「さっきはごめんね…でも助かった。だいぶ良くなってきてたから日中に発作を起こすことはほぼなかったんだけどね…パニック発作なの」  まだ、少し怠そうにしている先輩に雅也は聞いた。 「辛そうでしたね。手を繋ぐといいんですか?」 「…うん…突然くるのよ。身体中の血が流れ出しそうな感覚になって、でびっくりした心臓が物凄い勢いでドキドキして、で奈落の底に引きずり込まれそうになるのよ。だから堕ちないように手を繋いでもらうと助かるの。はっきり言うとさ、背中なんか摩られたら穴に落とす気かこの野郎って思ったりしてね。これは内緒ね」  と先輩はペロッと舌を出した。  雅也は今、かつての先輩社員が言ったことを鮮明に思い出していた。隣で辛そうにしている彼も奈落に堕ちないように抗っているのだろうか。雅也は繋いだ手に、堕ちるなと念じた。  彼は繋いだ手の力を緩めたり、強めたりした。その都度雅也も力の加減を変えていた。  車窓の遠くに大型ショッピングモールが見えた。雅也はもうすぐ次の駅に着くとわかると、彼に声をかけた。 「もうすぐ、次の駅に着くけど…降りた方がいいよね」  彼は小さく頷いたが、その顔は不安そのものだった。 「大丈夫。俺も一緒に降りるから」  雅也は手をしっかりと握ったが、果たして立って扉まで歩けるのかは不確かだった。最悪歩けなくても彼のサイズなら抱き上げることもできそうだと思いながら、彼の鞄と自分の鞄をまとめて持った。立ちがることはできたが、彼は手を離す様子がなかったため、雅也は繋いでいる手にしがみつけるように腕を彼の方へ寄せた。  ホームに降り立つと、運良く目の前にベンチがあった。雅也は彼を座らせ、その隣に座ると、膝の上に二つの鞄をのせて、その上に彼が頭を伏せられるようにした。その様子を遠目で見ていた駅員が小走りに駆け寄り心配そうに声をかけてきた。 「大丈夫ですか?車椅子とか用意した方がいいですか?」 「少し、眩暈を起こしたようなので、しばらくすると良くなると思います」  雅也は彼をまるでずっと前からの知人であるかのような対応を駅員にした。駅員は、何かあれば声をかけてくださいと言い、元居た場所に戻って行った。 「ごめん。勝手に言ってしまったけど…やっぱり車椅子用意してもおうか」  雅也は勝手な判断をしてしまったことを彼に詫びた。彼はしっかりと首を横に振り、このままがいいですと、初めて小さな声を出した。

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