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第3話
電車を数本遣り過ごした頃、鞄の上に伏せていた彼はようやく顔を上げた。雅也を見ると本当に申し訳なさそうな顔で
「ご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」
と言いながらも、手は繋いだままだった。まだ奈落の蓋は完全に閉じていないのかもしれないと雅也は思った。彼をよく見ると簡単な化粧でも施すと間違いなく女性に見間違われるほどの容貌であったが、それ以上に今着ている服装、いやその着方が雅也は気になった。薄い青色の麻のシャツのボタンが2、3段ずれて留められ、襟の位置が左右大幅に違っていた。これが今どきの着方かもしれないと思った。それにシャツの下は何も着ておらず素肌が透けていた。
「よかった、落ち着いたかな」
「あの、ご迷惑だとはわかっているんですが、あと、3分だけ繋いでいてもいいですか?」
「いいよ。今日の仕事はもう終わっているから、君が大丈夫になるまで繋いでても。時間を制限するとまたしんどくなるんじゃない?」
彼は一瞬泣き出しそうな表情をした。
「ありがとうございます。本当に…わかってもらって」
「あのさ、変なこと聞くけど…その服のボタン掛け違っているのかな?そういう着方だとしたらごめんだけど」
彼は繋いでいない方の手で首元を触ると、あっと声を出した。
「…俺…Tシャツどうしたっけ」
彼は思い巡らしながら掛け違ったボタンを直そうと片手でボタンを上から外し始めた。雅也はその様子を見ていた。そして一瞬、はだけた胸元に数個の赤い痣を見た。キスマークだと確信した。
着損ねたTシャツ、掛け違ったボタン、数個のキスマーク、雅也は彼はいったい何をしていたんだろうと想像することは容易かったが、それ以上はセクハラだと思い止めた。たぶん相手は男なんだろうなと後から思い浮かんだ。
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