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第5話
乗り込んだ各駅停車も、二人で並んで座ることができた。雅也は上着を脱いで那央にも掛かるように膝の上に置くと、その下で手を繋いだ。男同士の手繋ぎに周りの目を気にしてしまった。そして小声で
「しんどくなったらすぐに声をかけるか、手を握って合図して」
「はい。ありがとうございます」
那央はすっかり落ち着きを取り戻していたが、雅也の心遣いが嬉しく、上着の下でしっかりと手を繋いでいた。手を繋ぐことで、奇妙に慣れ親しみを感じた雅也は鞄の話しを持ち出した。
「あのさ、那央君が持ってる鞄なんだけど、それどこのブランドなのかな」
「あっ、これですか?ブランドって言うか、アップサイクル品なんです」
雅也はアップサイクルという言葉に聞き及びがなかった。那央は続けた。
「この鞄の素材は廃棄予定の消防ホースなんです。傷や汚れがないところを利用して作られていて、元々頑丈な素材だから鞄とかちょうどいいんですよ」
那央は繋いでいない反対の手で鞄をポンポンと叩いた。
「これは、ネットで購入したんです。検索したらすぐにでますよ」
雅也はスマホで検索すると、すぐに那央と同じ鞄を見つけることができたが、既にsold outと表示されていた。
「人気なんだね…」
雅也はがっかりしていると、那央はねぇ雅也さんと急に思いたったように言った。
「よかったら、この鞄もらってくれませんか?」
「…えっ?」
雅也は那央の申し出にすぐに答えられなかった。
「俺、色違いでもう一つ同じ鞄を持ってるんです。ネットで見てた時に、この黒とグレーのどっちにするか迷ってて。迷っているうちにどんどん在庫数が減っていくし、で結局両方とも買ったんです。ずっとグレーの方を使ってて、今日初めてこれを持ったんです。でもなんかこの黒を持つとまた発作が起きそうに思ってしまうんですよね。だから押し付けるようで申し訳ないんですが、もらってもらえると助かるんです。たぶんこれはこの先もずっと持たないと思うし…」
発作の辛さを考えると、その要因になるような物は極力排除したいのだろうと、那央の気持ちは十分に理解できるが、ほぼ新品の物をもらうのも気が引けてしまい、雅也は買い取る提案をした。
「俺は欲しかった鞄が手に入るのは凄く嬉しいんだけど、もらうんじゃなく買い取りさせてもらうよ」
「そんな、俺が一方的にお願いしてるから、もらってください」
「人気の鞄だし、新品なんだからそうはいかないよ」
二人は手を繋いだまま、ああだこうだと言い合い、結局五千円で譲り受けることで折り合いがついた。そして鞄の受け渡しをどうするか決めた。那央の家と雅也の家は車だと10分程度の距離にあるとわかり、次の日曜日の午後に雅也が車で那央の家へ行くことになった。
「すいません。わざわざ来てもらうことになって」
那央は恐縮した。最初はせめて那央が自分の最寄り駅まで持って行くと言ったが、話しを聞くと駅まで徒歩30分らしく、自転車も持っていない。それならと雅也が自宅に行くことになった。連絡先を交換した頃に終点の駅に着く車内アナウンスが聞こえてきた。
「今日は本当にお世話になりました」
那央は深々とお辞儀をした。
「もう本当に大丈夫?」
「はい。雅也さんの手からいっぱい安心もらいましたから。ゆっくり歩いて帰ります」
「じゃあ、気を付けて」
「はい。日曜日お待ちしてます」
雅也は改札の内側から那央を見送った。世の中には不思議な縁があるもんだと思いながら、帰路に着いた。
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