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第10話
蛍を一緒に見た日から月に二回程度、那央の家で昼食をよばれるようになった。毎回皿数が多く、雅也はそんなに頑張ってくれなくてもいいと言っても、雅也が美味しそうに食べてくれるのが嬉しいからと言ってきかなかった。
「ねぇ、俺が作ったらさ、ピーマン食べられるってことある?」
「那央のピーマン料理か…」
「美味しく作るから食べてみてよ」
「俺はいくら那央の料理でも忖度はしないよ」
何度か会っているうちに、雅也は那央君から那央と呼ぶようになり、那央の敬語もなくなったが呼び方は年上ということで雅也さんのままだった。
那央の家で昼食を食べた後に、いつも次の日程を決めていた。今週の土曜日に行くことに決まっていたが木曜日の仕事の昼休み中に那央からSNSで連絡があった。
『雅也さん、お疲れ様。急なんだけど、今晩か明日の晩、ご飯に来てくれないかな?大きな鯛を分けてもらって。お願い!』
まな板から、はみ出んばかりの大きな鯛の写真も一緒に送られてきた。
雅也は明日なら少し遅くなるが行けると返事をした。あの大きな鯛をどうやって料理するのか、那央の料理の腕に期待をしながらも、さすがに鯛とピーマンの組み合わせはないなと内心喜んだ。
金曜日の夜。
夜に那央の家に行くのは初めてだった。雅也は以前那央とのエッチな夢を見て以来、会うのは昼間と決めていた。那央との関係を意識はしていないというと正直嘘になるが、積極的にどうかしようとも思っていなかった。今回はイレギュラーだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
雅也は那央の家の最寄り駅からタクシーで行った。家に帰ってから車で行ってもよかったのだが、遅い時間まで那央を待たすのは申し訳ないと思い、少しでも早く行くことにした。
「ごめん。遅くなって」
「お疲れ様、雅也さん。お腹空いたでしょ?」
相変わらず、所狭しと並べられた料理は鯛のオンパレードだった。
「また凄い料理だな」
「いつも買い物してる魚屋の大将がね、孫が世話になってるからって、超格安で分けてくれたんだ」
那央のバイト先の学習塾にその魚屋の孫が通っているらしい。那央の丁寧な教え方はよく分かると言われたと得意げに話す那央は可愛らしかった。
那央の鯛料理は相変わらずどれも美味しかったが、雅也が一番気に入ったのは兜煮だった。頭の部分を牛蒡と一緒に甘辛く煮たものだ。那央は頭の部位によって食感や味が違うんだよと言いながら雅也に取り分けた。
「那央は部位の説明までできるんだな」
「ははは。実は大将に教えてもらったんだよ」
「那央は正直者だ」
楽しい食事が済んだ頃はだいぶ時間も遅くなっていた。
「ごめんな。夜遅くまで」
「ううん。俺は全然構わないよ」
「前から気になってたんだけど、押入れの前にあるあの黒い丸いの、あれなに?」
「あぁ…あれは俺の相棒」
「…相棒?」
「そう。夜寝る時、すぐに横になるとまだ息苦しくなることがあってね…だからあれにもたれながら、少しずつ横になるんだ。で、夜中に苦しくなった時はあれに抱きついてるの」
雅也は初めて那央と会った時以来、那央の発作での苦しい様子は見たことがなく、まさかまだ夜に一人で苦しんでいるとは思いもよらなかった。
「…そうなんだ。毎晩辛いの?」
「まぁ、強い弱いはあるけどね」
「今も朝までぐっすり寝てないんだね…」
那央は少し哀しげな笑みを浮かべて頷いた。
「那央…ねぇ、今晩俺と手を繋いで一緒に寝てみないか?そしたら、少し安心して寝られるんじゃないかな…毎晩って、辛すぎるだろ…あっ無理に言ってるわけじゃないよ」
那央は信じられない表情で雅也を見た。
「そんな…そんな、雅也さんいいの?」
「朝まで、しっかりと手を繋いであげるよ」
雅也は優しく笑った。
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