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第2話
家政婦の清川さんも直己の正装を見て、
「先生、韓流スターみたいだに」
と、ほくほく顔で言ったものである。
よくわからないが〝韓流スター〟とはたぶん褒め言葉なのだろう。
それを着て都内の松吉のアパートに国産車で迎えに来たところがギンギラ油膜スーツである。
考えてもみれば松吉は、直己以上にファッションセンスがアレだった。
珍奇なキャラクターがプリントされた原色のトレーナーを平気で着ていたりする。
薄給ゆえかと思っていたが、単に着る物に興味がなかったのだ。
ユニクロ無印GUの直己の方がまだましである。
こんなことなら自分のスーツを新調する際、松吉の物も注文すべきだったと今更後悔しても遅いのだ。
「着物のがよくない? 松吉は落語家だし。羽織袴なら正装になるだろう?」
「ダメだよ。前座は羽織袴なんて着ちゃいけない。二つ目になるまでは着流しだよ」
「そ、そういうものなんだ?」
直己は松吉の着物姿に萌えるのだが、まことに残念な事である。
というわけで銀座老舗の一流スーツと油膜ギラギラスーツのゲイカップルは披露宴会場を訪れるなり「演歌歌手?」と笑いながら迎えられた。
「ほらみろ」と言いたいところだが、松吉は訳がわからないようで愛想笑いをしている。
不憫な奴である。
秋晴れの吉日。古い国産車で会場に乗りつけた二人である。
直己は後部座席に松吉のザックがあるのに気がついてはいた。
今夜は上野の寄席で仕事があると言っていたから仕事着を持って来たのだと思っていた。
だが宴会の最中に「ちょっと」と席を外した松吉は、
「それでは新婦エステル様のご友人、音羽亭松吉様より落語をご披露いただきます」
いつの間にか舞台に設えられた高座に上がっているのだった。
鶯色の長着をすらりと着こなし、腰には鉛色の角帯を貝ノ口に(そういう結び方だと聞いた)巻いている。
結び目を背筋からちょいと脇にずらすのが粋なのだ。
五分刈りの松吉は、油膜色のスーツとは比べ物にならない見事な男前になっていた。
毎度その〝仕事着〟を見るにつけ直己は胸がキュンキュンしてしまう。
白足袋が緋毛氈の上を歩いて紫色の座布団に正座する。
手前に扇子と手拭いを置いて深々と頭を下げる。
真っ直ぐに顔を上げた松吉の凛々しさに言葉を失う。
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