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第4話
いや、花束の話だった。
母と暮らしていた頃は、こういった訳の分からない物の処理は任せていた。
だが今現在、母は石川県は金沢市にある長男の家で暮らしている。長男は金沢の医大で教授をしているのだ。次男の直己が医院を継いだ。
都下真柴本城市の喬木医院は祖父が開業した。
当初は入院加療も行っており助手や看護師に事務員など従業員も多かったらしい。
祖父から父そして直己へと代替わりするうちに業務も縮小されていた。
今や直己一人が外来治療や往診を行うだけのこじんまりとした町医者となっている。
暇を持て余して週に二日は新宿の病院にアルバイトに出かけている。
従業員はパート看護師と、母が金沢に行った後に頼んで来てもらっている家政婦の清川の婆様(元患者でもある)だけである。
清川さんになら花束の手当ても頼めるだろう。そう思って帰宅したところが婆様は留守だった。
今日は帰るまで待っていると言っていたのにどうしたことだろう。
花束や引き出物を食堂のテーブルに置いてから気がついた。直己はスマートフォンの電源を切っていたのだ。
これもまた松吉とつきあい始めて変わったことである。
スマホの電源をこまめに切るようになった。
これまでは電源を切ることなどなかった。
何しろこちとら医者である。患者から電話が入ることも多い。
とはいえ所詮は町医者である。住民たちも緊急事態なら救急車を呼ぶか、隣町の本城総合病院に駆け込む。
直己に電話して来るのは、身近な医者の判断を仰いで安心したい時が多い(もちろん緊急事態もないではないが)。
それこそが町医者の本分と心得て対応して来た。
だが寄席の楽屋で働いている松吉は無暗にスマホは鳴らせない。
落語は言葉で客の想像力を掻き立てて成り立つ芸能である。
スマホの音ひとつで想像の世界が崩れるもろい芸能でもあるのだ。
よって楽屋入りするなり電源を切るという。
今日の宴席でも松吉は会場入りの前に黙って電源を落としていた。直己もそれに倣ったわけである。
家に着いてからスマートフォンの電源を入れてみれば、清川さんからLINEメッセージが入っていた。
八十オーバーの婆様だが孫息子に教わってLINEもこなすし、うっかりすればスマホ操作は直己より達者である。
〈山川さんが亡くなったそうです。
お通夜の手伝いに行きます。
先生の夕飯は冷蔵庫に入っています〉
そして通夜と告別式の日程についても知らせていた。
国分寺町の萬福寺で行われるそうである。
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