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第6話
そんなこんなで一人の家に帰り着いた時には、すっかり疲れ果てていた。
玄関を入るなり黒いネクタイを外して数珠と共に食堂のテーブルに置く。
これは明日の告別式にも必要だから目につくところに置いておく。
結婚式の引き出物とブーケをその横に置く。見事なまでの祝儀不祝儀のぶっちがいである。
何か落語にそんな台詞があった気もするが思い出せない。
今度松吉に訊いてみよう。
風呂に入ってからパジャマ姿で食堂に行き、冷蔵庫で冷やしておいた缶ビールを開ける。
冷蔵庫には清川の婆様が作ってくれた鯖の味噌煮や麻婆茄子なども入っていた。
けれど、まずはアルコールである。
その場でぐいぐい立ち飲みする。
ぷはーっと一息ついて、ようやく椅子に腰を下ろす。
食卓に放り出してあるブーケに目を留める。
もしやこれは水に浸けておいた方がいいのだろうか。
白いバラやら小花やら直己には名も知れぬ花が束ねられたブーケである。
持ち手の部分は銀紙やレースに包まれてリボンが何重にも巻かれている。
このまま水に浸けるのもまずかろう。
どうすればいいのだ?
落語家の師匠は贈答品をもらうことが多いらしい。
花束をもらうこともあるだろう。
前座の松吉もその処理方法を知っているのではないか?
首を傾げて壁の時計を見れば夜十時は過ぎている。
寄席はもうはねている。
打ち上げがなければまっすぐ帰っているはずだ。
運が良ければ話せるかも……いきなり口元が緩んでしまう。
スマートフォンを手に取って松吉に発信する。
呼び出し音が鳴る。
電源は切っていないらしい。
ラッキー!
半分賭けの気分である。
ビールを呑みながら呼び出し音に耳を傾ける。
顔はいよいよ笑み崩れている。
やはり出ないかと諦めようと思った途端、
「……っはい! 梅、梅吉っ⁉」
必死な声が耳に飛び込んで来た。
押っ取り刀という表現にぴったりの松吉の声だった。
忙しい打ち上げの合間に電話に出てくれたのだろう。
愛しさのあまりに「うん」と甘い声で答えてしまう。
「梅……な……え? 用? ……だ、大丈夫? 梅吉、具合……悪い?」
電話に出るために走って来たのか?
健康状態が疑われる程の荒い息である。
そこは直己も医者だから、
「松吉。そっちこそ大丈夫か? 息が苦しいのか? 落ち着いて話しなさい」
つい職業的な低い声で尋ねてしまう。
荒い息はまだ治まらない様子である。
「な、何も……無事? 梅吉……生きてる?」
「いや、生きてるって」
突拍子もない質問に思わず笑いながら、
「エステルさんに花束をもらって来たよ」
と報告する。
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