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第7話

 ごくりと生唾を飲み込んだ音がする。 「松吉こそ問題ないか? 具合が悪いんじゃないのか。また熱でも出したか?」    直己が言葉を重ねる毎に、電話の向こうの息がはあはあと荒く切なくなって行く。 「ね……な、名前、呼んで。ねえ……私の名……前……」  ただならぬ事態に思えて、直己はおろおろと椅子から立ち上がった。 「名前? 松吉の名前か? 本名か? 松橋礼司(まつはしれいじ)?」 「どっちでも! 松吉でも、あ、んッ……礼司でも……い、いい……す、好き?」 「好きだけど? いや、だから具合が悪いなら……」 「ッ……ん……好きって、言ってよ! ん、あんッ……」  ようやく気がつく喬木直己医師である。  この喘ぎ声、この吐息、このリズムは? 「おまえ……」 「ッ……イクッ‼」  刹那の喘ぎ声を聞くより早く電話を叩き切った。  本気でスマホをテーブルに叩きつける。  一人エッチしてやがった‼  人の声をオカズにしてイク奴があるか⁉  こっちは結婚式にお通夜にと大変な騒ぎだったのに。  直己は残りのビールを飲み干すと食堂の電気を消した。  どかどかと荒い足音をたてて座敷に行く。  布団の中に入っても眠れたものではない。    腹立たしさに輾転反側するうちに気づかずにはいられない。  パジャマのズボンの前が突っ張らかっている。  心は激怒しているのに身体は変に反応している。  松吉の熱病に浮かされたようなあの声、淫靡な鼻声が耳元に蘇る。  いや、自分はあんな若造と違うのだ。  いい年をしてそんなことが出来るか。  などと思う理性とは別に野性の手が勝手に動く。  掌が肌を滑るように下着の中に入り込み、臍を越えて行く。  慣れた手技ではある。  先端をくりくり撫でて竿を荒くも丁寧に撫で擦り……。  耳朶をくすぐるように松吉の声が囁く……気がする。 「ね……な、名前、呼んで。ねえ……私の名……前……」 「松吉……好き、好きだ。礼、礼司……ああ」  おいこら自分。何をやっていると理性が一人で喚いている。  そして黄金の右手は勤勉なのだった。  烏カアで夜が明けて……  今日も今日とて黒いネクタイの喬木直己は萬福寺に向かって車を走らせる。  寺の境内には秋の草花が咲いているが日差しは夏のようだった。  汗を拭き拭き受付で記帳をしていると、奥から若い女性がやって来た。山川奈保美の兄嫁である。 「すみません。喬木先生ちょっと、お願いできますか?」  と手招きされて向かったのは、寺の本堂とは逆の庫裏(住宅)の奥座敷だった。  案内された座敷では布団が敷き延べられ、喪服の奈保美が横になっていた。身体の上にタオルケットが掛けられている。 「やだ、お義姉さん。お医者さんなんか呼ばなくても……」  と身を起こす奈保美の顔色は真っ青である。  

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