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第8話
「ごめんね、喬木。ちょっと貧血になっただけ」
高校時代の呼び名で言われれば、つられて直己も言ってしまう。
「いや。もしかして……奈保美は毎月酷かったようだけど?」
「よく覚えてるね。いつも生理前は駄目なんだ」
実は直己は高校一年生の頃、山川奈保美とつきあっていた。
奈保美から告白されて受け入れたのだ。
その頃既にゲイ認識はあったのだが、自分に対する空しい抵抗として男女交際を試みたわけである。
けれどキスもしない清い間柄だった。
夏休みが終わる頃には、奈保美はプログラミング部の活動に集中したいと交際を断って来た。
それは言い訳でもなかったらしく高校三年間で奈保美はちょっとしたプログラマーになっていた。
大学もその関係に進み、今や都心に本社を持つIT企業に勤めている。
そんな短い交際期間でも、奈保美が毎月体調が悪くなっては何日も欠席していたことは覚えている。
それがPMSつまり月経前症候群だと知ったのは医学部に入ってからだが。
元交際相手の布団の横に正座して「失礼」と手首で脈拍を取る。目元に手を当て瞼の裏を診る。完全に貧血症状が出ている。
起き上がっていた奈保美を寝かせて服の上から下腹部を触診する。
「この辺……痛みがない?」
「少しね」
頷く奈保美の身体にそっとタオルケットを掛けた。そして少し首を傾げながら、
「僕は専門じゃないけど……ちょっと気になることがあるから」
と、なるべく早く婦人科を受診するように勧めた。
「わかった。毎月、牧田産婦人科クリニックで薬を処方してもらってるから。今月は予約を早くして、詳しく検査してもらうよ」
ちなみに本城駅前の牧田産婦人科クリニックとは、昨日同性婚をした牧田エステル嬢の実家である。
一人娘だったが、昨日の結婚式に牧田家の人々は誰も来ていなかった。
相手方の親族もである。
会場に集った人々は申し合わせたようにその件には触れなかったが。
「奈保美、そろそろ始まるぞ」
部屋の外から声がかかった。
細く開けた襖から顔を出したのは、奈保美の兄だった。
こちらは直己の高校の先輩だが、
「おい。喬木医院が何でここにいるんだ?」
いきなり剣呑な表情になったものである。
「こいつホモだぞ! 具合が悪いからってホモ医者なんか呼ぶ奴があるか」
「失礼でしょう! 診察してくれたのに」
兄妹が言い合っている間に、直己はそそくさと立ち上がって部屋を後にした。
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