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第11話
一階に着いて扉が開くと、数人の男性たちがどやどやと乗り込んで来た。しきりに言い合っている。
「音羽亭弦蔵と、ほれ、何とか言う前座」「松吉?」
「そうそれ。重体で救急病院に運ばれたって」
「葬儀実行委員長は矢彦師匠かな?」
「縁起でもないこと言うなよ」
などとざわめいているのは、直己と同じ目的で駆けつけたファンらしかった。
そして演芸場ロビーで弦蔵師匠を見つけるやファン達はわっと歓声を上げたものだった。
雪崩のようにエレベーターを降りて落語家を取り囲む贔屓客である。
鰻の寝床のように細長いロビーが、満員電車並みの混雑である。
「笑っちゃうよな。マジで親子なんだよ。音羽源蔵 86才、音羽松吉 65才だとさ」
「ニュースでは音羽亭弦蔵 って言ってたぞ」
「言ってない、言ってない。音羽さん、音羽さん。みんな勝手に音羽亭と空耳したろう?」
さすがに落語家の声だけが人垣の向こうからはっきりと聞こえる。
ホールの入り口扉に背を向けて立っている係員に、
「まだ、中は昼席のトリです。静かにしてください!」
と注意をされる有様である。
静まったのは客だけで、落語家の語りはロビー中に響いている。
「踏切のかなり前から急ブレーキをかけていたから、こけて怪我した人も多かったな。昼間で乗客が少なくてよかったよ」
「松吉……松吉は今どこに⁉」
構わず大声を上げる直己である。
人垣の外にいる直己に目を留めて師匠は爆笑する。
「あんた……先生、もう喪服着て来たのか? 用意がいいなあ」
あわてて黒いネクタイを外す。
「松吉は病院にお見舞いに行かせたよ。さる筋から情報を仕入れてな。
ここまで名前が似てりゃ病院にも、こういう連中が押し寄せて迷惑かけてんじゃないかと思って」
安心したように人々が笑う。
係員は眉を吊り上げているが、幸いにもホール内からも笑い声が響いていた。
よろよろと後ずさった直己は、階段があるのに気づいて手摺りにしがみついた。
自分で自分に深呼吸するように命じる。
大丈夫だ。重体なのは音羽源蔵86才、音羽松吉65才なのだ。
直己の松吉は無事なのだ。
師匠の語りはまだ続いていた。
「駅に降りたら松吉がスマホのニュース見て〝師匠、私達事故で病院に運ばれてますよ〟とか言いやがんの」
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