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第12話

 つんつんと肩を突かれて振り返った。  薄暗い階段に五分刈りの華奢な身体が立っている。  例によって衣装を入れたザックを背負い、手には埼玉銘菓の紙袋をぶら下げている。  階段の最後の一段に立っているから、直己より高い位置に顔がある。それを見上げるなり、 「どこに行ってたんだ⁉」  思わず怒鳴りつけていた。  自分でも信じられない程の大声が出ている。 「心配するじゃないか‼ 何かあったらすぐ連絡しろ‼」  言ってから、つい今さっき師匠に見舞いに行ったと聞いたばかりだと気づく。  あわてて言い直そうとした途端、思いもよらないことを口走っていた。 「大体、ああいう時に電話に出る奴があるか⁉」  あっけにとられたのは言われた松吉より、言った直己の方だった。 「あれが末後の言葉になってたらどうするんだ⁉ 慎みってものはないのか‼ 一人で……そんなの人に聞かせるな‼」  感情の時空が捻じれてだだ洩れになっている。  松吉はただ口をぱくぱくさせている。  だが顔が赤くなっているのは、一人エッチの電話について叱られたと察している。 「私だって、あんな時に電話に出たくなかったよ!」  怒鳴るなり松吉は歯を食いしばった。 「でも……でも、もしまた死にたくなって自殺してたらって……」  と続く言葉は殆ど唸り声だった。  あっと息を呑む直己である。 「それで怖くて……心配で……電話に出たんじゃないか!」  直己が何も言えずにいるうちに、松吉の目にはみるみる涙が溢れるのだった。  激しい後悔に駆られながら涙を見つめているうちに、またもや口は意思と無関係に、 「泣ける奴はいいよな……。泣けば済むと思うなよ」  思い切り皮肉な声で言い放っているのだった。  直己が泣けるのは心が壊れた時ぐらいである。  そうなる前に松吉のように感情を小出しにすべきと知ってはいるのだが。  健やかに感情のままに泣ける松吉は腕でぐいぐいと顔の涙を拭っている。  人垣の向こうから弦蔵師匠が、 「おう、松吉! 帰って来たのか。どうだった?」  と声をかけるのに、 「はい! 師匠」  ここぞとばかりに直己を押しのけて階段の最後の段を飛び降りた。  そして人垣の向こうに駆けて行くのだった。  泣きたいのはこっちだ……。  思いながらも泣けない喬木直己なのだった。

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