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第13話

 医院は休診で新宿の病院にアルバイトに行く朝だった。  玄関先で清川の婆様が写真を撮っていた。  スマートフォンを器用に操っている。  被写体は靴箱の上に飾ってある花である。  無骨な益子焼の壺に対照的に可憐な白とピンクの花が生けられている。 「これって、あのブライダルブーケを生けてくれたんですか?」  医院で診察する日は自宅の玄関先まで出てくることも少ないので気づかなかった。 「花を切り戻したで元気になっつら。デザイン学校に行っとる孫に見せてやるだよ」  頷きながら婆様は既に写真をLINEで送信している。  つられて直己もスマホを出して撮影するのだった。 「あれ? じゃあ、食堂に飾ってあったのも……」  食堂のテーブルにはガラスの花器に白っぽい小花が山盛り生けてあった。  ひとつの花束の中にも様々な色合いの花が入っているらしい。 「先生のお座敷に飾ろうかと思ったけえど。匂いが気になって眠れんといかんで食堂にしただよ」  また黙って息を呑んでから、 「行って来ます」  と頭を垂れて家を出る。  春先の噂騒ぎで心が壊れて自殺未遂にまで到った直己である。  その時支えてくれたのは松吉だった。  そして清川の婆様や牧野エステル嬢も力になってくれた。  彼らには一生涯頭が上がらないと思っていたのに。  あの時の直己の姿を覚えていたからこそ松吉は、恥を忍んで電話に出てくれたのだ。  梅吉の無事を確認するために。  感謝こそすれ責められる立場にはないのに。  自分ときたら一体何を言い放ったものか。  あれ以来まともに眠れなくなっていた。  布団の中で頭を抱えて煩悶するばかりである。 〈ひどいことを言ってすまなかった。  松吉が事故で重体になったと思って取り乱した。  無事でほっとしてつい口走ってしまったのだ。  申し訳ない。許してほしい〉  当日のうちに謝罪のメッセージを送ったが既読はつかなかった。  当然だろう。  松吉は仕事でスマホの電源を切っているはずである。  夜席がはねた後は、打ち上げで働いているのだから。  駆け付けたファン達と盛り上がった師匠は梯子酒を重ねたに違いない。  理性ではわかっている。けれど心は納得していない。  あの後、謝罪のLINEが入ることぐらい予測できるだろう。  なのに、わざと電源を切っている。    何故なら松吉は直己の無神経さに愛想を尽かしたからである。  そうだ。そうに違いない。  と一人悶々とする直己である。  

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