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第14話

 自分は決定的に嫌われてしまったのだ。  松吉はもう二度と会ってくれない。  翌日も翌々日も言葉を変えて謝罪のメッセージを送ったが、まるで既読がつかなかった。  直己は眠れない夜毎、繰り返しあの電話での会話を思い出していた。    確かに松吉が電話に出たのは、直己の無事を確かめるためだったに違いない。  その確認がとれた途端に、生唾を飲み込む音が聞こえた。  一時停止していた作業を再開すると決めた瞬間だろう。  直己の声をオカズに出来ると気づいた瞬間かも知れないが。  その時の松吉の心の波まで思い描ける。  不安から安堵へと感情は、どん底から頂点まで駆け上がったのだ。  おまけに愛しい者の声まで聞いたのだ。  さぞや身体も極上の快楽に駆け上がったことだろう。  いや、何もリアルに想像することでもないが。  などと直己は毎晩枕を抱えて悲嘆に暮れている。  久しぶりに睡眠薬だの精神安定剤だのを服用するようになっていた。  無理にも寝ないと仕事に差し支える。  そしてまた呆れたことに直己は池袋のコインパーキングに車を忘れていた。  松吉に暴言を吐いて池袋演芸場を飛び出すなり電車に乗って帰って来てしまったのだ。  しかもそれを思い出したのは、数日たった今朝だった。  電車で新宿の病院に行く時になって、にわかに車が池袋にあると思い出したのだ。  駐車料金がいくらになっているのか考えるだに恐ろしい。 「先生。顔色が悪いですよ。眠れなかったんですか。また精神科に相談に行かれたら?」   新宿の病院で看護師に心配される。  あの時この病院の精神科で世話になり、健やかな心に立ち返ったと思いきや、このざまである。  勤務を終えて病院を出る頃は、寄席の夜席に充分間に合う時間だった。  だが松吉の前座働きを見たり、弦蔵師匠のトリを聞いたりする気にはなれない。  高い駐車料金を払って、真柴本城市に帰るのに首都高速道路に乗る。  夕方のラッシュで渋滞に巻き込まれるや秋の日はあっという間に暮れてしまう。  薄暗い高速道路には延々と車のテールライトが続いている。  春先にもこんな暗い渋滞の道をのろのろ走った。  都内に住む松吉と初めて身体を重ねて自宅に帰る時だった。  あの後、あのろくでもない騒ぎに巻き込まれたのだ。  カーラジオを点ける。騒々しい音楽が車内に満ちてすぐに叩き切る。  涙が滲みそうになる。  何だこの情緒不安定は。  安定剤を飲みたいが運転中なのだ。服用厳禁である。  後ろの車からクラクションを鳴らされて、前との車間距離が異様に開いていることに気づく。  あわててアクセルを踏み距離を縮めると、すぐ先に見えて来たサービスエリアに向かった。  ほとんど精神的避難だった。とにかく一息ついてから運転しよう。  ガソリンスタンドで給油して車を降りる。  食堂で夕食にする。  うどんを注文するが、さっぱり食欲がわかない。鰹出汁に浸った太麺を少しばかり啜っただけで箸を置く。  スマホには相変わらず松吉の既読はない。  

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