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第16話

 患者の話を聞くのは直己にとっては自家薬籠中のものである。  車に戻って運転席に座りながら、同級生の悩みをただ聞くのだった。 「ありがとう。近いうちに彼にも相談してみる」  と話が終わりそうになってから、奈保美は一人でくすくす笑った。 「ねえ、気づいてる?」 「何が?」 「喬木が私の身体を触ったのは、こないだの診察が初めてだったよ」 「ええ?」ととぼけたが、奈保美が言わんとすることは気づいていた。  つい「ごめん」と言ってしまう。  高校時代に男女交際をしていながら、直己は奈保美の身体に殆ど触れなかった。  女体に対して特にそういう欲望もなかったし。  松吉に対する扱いとはえらい違いである。 「謝ることないよ。  初めての彼氏が喬木だったのはその後の判断基準になって、むしろありがたかったよ。  なのに……こないだは兄が失礼なことを言って、本当にごめんなさい」 「いや」と言ってから初めて気がつく。    寺での奈保美の兄の剣幕には別の意味もあったのではないか。 「奈保美は変な噂されなかったか?  高校の頃つきあってたと知ってる連中に揶揄(からか)われたりしたなら……謝るよ。ごめん」  自分一人が傷ついたつもりだったのが恥ずかしい。思わずスマホを持ったまま頭を下げている。 「だから。謝ることないって。  あんな噂、喬木のことを知らない奴らが勝手に広めただけだよ。  だって喬木はいつも紳士だったし……」 「それは……いや、そもそも交際すべきじゃなかったのに。すまない」 「やめてよ。お互い様なんだから」 「お互い様?」 「あの頃、私の友だちがみんな彼氏とか作ってさ。  遅れちゃいけないとか思って喬木に告ったんだ。  もちろん好きだったよ。でも、恋愛じゃなかった。  つきあってみてわかったんだ。ただの親友でよかったんだなって」 「うん……僕も奈保美と話すのは楽しかったよ」  と言うのは嘘ではなかった。たぶん奈保美とは今も話が合う。セックスをしたいとは思わないけれど。  何となく若き日の過ちが許された気分で電話を切る。  再び車を発進させて家を目指す。    もう薬を飲みたいと思う気持ちはなかった。  家に着いて車を車庫に入れると玄関に回った。  玄関灯が自動点灯しているだけで、家の中は暗かった。清川の婆様はもうとっくに帰った時間である。  玄関の鍵を開けて、引き戸を引くが開かない。  と、向こうから施錠が外される。直己は外から鍵をかけてしまったらしい。  ではまだ中に清川さんが残っていたのか。  

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