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第2話 それは案外単純らしい

バレンタイン…俺にとって苦痛な日だ。 男子なら女子にチョコを貰うのが一般的にみれば羨ましいと思う人が多いと思う。 しかし元々チョコが好きじゃないという理由もあって俺にとっては地獄だった。 朝、学校に着くと靴箱の中にはチョコが入っていた。ちゃんと包装してあるとはいえ、靴箱に入れるのはやめてもらいたい。しかも、開けた途端にチョコが落ちてきたため偶然通りかかったクラスメイトにひやかされた。 教室に向かう途中、廊下から自分の席が見えたが山盛りのチョコの山ができていた。それを見ているクラスメイトが騒いでいる声がした。 「あ!七瀬来た!やべーなこれ」 「さっすが七瀬さん!」 「おモテになりますねー、ちゃんとお返ししろよ〜」 だから、今日は来たくなかったんだ。今朝起きた時、少し怠かったから熱があるかもしれないと思って体温計で測ってみたが平熱すぎて3回は測った。 今日を乗り切れば明日は何事もなく過ごせるだろうから今日一日は頑張るしかない。 「七瀬ー よかったらこの袋使う?余ったからあげる」 「サンキュ、助かる」 クラスの女子から袋をもらい、チョコの山を一つ、一つ片付けていく。 「おはよ、修也〜…今年もすごいな笑」 「久 、おはよ …その、今年も手伝ってくれね?」 「お、おう。修也の家か?」 「悪いな、コンビニでなんか奢るわ」 「やったー、考えときまーす」 この男の名前は、河村久孝。俺は久と呼んでいる。 保育園からの付き合いで幼馴染だ。 昔から気が合って一緒にいて心地がいい。 毎年この日は久に家でチョコを食べに来てもらっている。そして、他に余った分は久の家族、友人等に配ってもらっている。 この日は周りの人たちに感謝しかない。 「あの…すみません、七瀬先輩いますか?」 「ちょっと待ってねー、七瀬ー!呼ばれてんぞー」 昼休み、昼飯を食べ終え友達と喋っていると教室に訪ねてきた後輩に呼ばれた。 「…ちょっと行ってくる」 「いってらー、いい報告待ってるわー」 「うるせー」 にやにや顔の友人に腹を立ちながら席を離れた。 今日呼ばれるの何回目?という会話が聞こえたが聞こえないフリをした。 話の内容は告白だった。 しかし、彼女とは面識がなかったため断った。俺は、恋愛にはあまり興味がない。それに付き合った所で長続きするわけがない。そんな男と付き合っても相手に悪いと思うし。 今は、久や他の友達とゲームや雑談したりする方が楽しい。 いつかは好きなやつができるかもしれないが、そのいつかっていつ来るものなんだろうか? 放課後、朝に約束した通り久に家に来てもらった。 「今年も沢山貰ったな〜、すげぇ量」 「…もう少し、あと少し、もう少し、あと少し…」 食べても食べても減らないチョコの山にゲンナリしながら食べ進める。 口の中に広がる甘さをお茶で一気に流し込み一息ついた。 「てか修也、チョコ苦手なこと言えばいいんじゃね?」 久の言う通りだと思う。嫌なら断れば良いだけのことだ。だが、チョコが苦手だと中学の時に言ったらチョコ以外の洋菓子が来たことがありどう言っても無駄だと判断した。 なのでチョコを渋々、受け取っている状態だ。 「そんなこと言ったらチョコの代わりに和菓子が来そうだな、食いすぎて和菓子も嫌いになりそうだわ…まぁ、あとせっかく作ってくれたものだし食べれるだけ食べるけどさ」 今までバレンタインに和菓子がきたことはないが一個ならまだしも何個もあったら多分、飽きて食べなくなる。 「あず○バー好きだもんな笑 好み渋いよな」 「あ○きバーは釘も打てるし最強だと思ってる」 「修也のそのあ○きバー愛は何なの?」 俺があ○きバーが好きな理由は小さい頃祖父母と過ごす時間が長かったからだと思う。 共働きの両親よりも長い時間一緒にいたから和菓子や和食を食べる機会が多かった。 今もたまに祖父母の家に顔を出しに行くこともある。 「そういや、修也さ課題やった?分からないとこがあって教えてくれない?後でいいからさ」 「おけー、あ○きバー1つで手を打とう」 「はいはい、仰せのままに」 「冗談」 「知ってた」 久は数学が苦手だ。分からない所をよく聞いてくる。俺自身も、久に教えるのが好きだったりする。 前に教え方が分かりやすいと言われた事がありそれがきっかけだ。単純だがそれが嬉しかったんだ。 久の言葉は遠回りせずにストレートに言ってくれるから相手は素直になれるし、より伝わると思う。 いつもの会話をしていると袋の中に珍しいものが入っていた。 「…珍し、バレンタインに和菓子が入ってる」 「へー、珍しいな 好み知ってる子なんじゃないか?」 「言った覚えないんだけどな…これ、今有名などら焼きじゃん」 どら焼きが美味しいと話題の店で開店時間に行かないと買えないらしいが、テレビでも放送される程だからかなりの時間、行列に並んだじゃないかと思う。 せっかく頂いたので食べることにする。 「うま…これ、めっちゃ美味い」 餡子は甘さ控えめなわりに、量が多く食べ応えがあり、餡子を包んでいる生地はふんわりと柔らかくてすごく美味しい。 「よかったじゃん」 「ん、久も食う?」 久と共有したくなり、どら焼きを半分に割って差し出した。 「え、俺は良いよ!修也が食えよ」 「何だよ、遠慮すんなよ、って俺も貰った側だけど…美味いものって人と共有したくならね?」 「…それは分かる」 「だよな、はい」 「…」 遠慮がちな久に無理やりどら焼きを押し付ける。と同時にここで疑問が浮かんだ。 このどら焼きの送り主は久なんじゃないか?と。 よく考えてみれば和菓子が好きなことも限られた人間しか知らないはずだ。 それに性格的に周りに言いふらすような奴じゃないと俺がよく知っている。 「でも、名前書いてねーな…誰だろ」 「さあな〜…つか、どら焼き美味いな」 「甘さ控えめで美味いよな」 確信はあまりないしここではあえて聞かないでおこうと思う。 それに調べたいこともあるし。 夜、ネットで検索してみると和菓子には特別な意味がないらしい。 「仲良くする」を意味する「和」がついているため少なくともプラスの意味で伝わるはずと書いてあった。 俺の好みを知った上で和菓子を選んでくれたことがすごく嬉しかった。 久がどういう気持ちでくれたのか分からないが、プラスの意味として受け取りたい。 俺は久のことをどうやら好きになってしまった。

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