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第10話 40℃と記憶
朝から喉が痛い。イガイガするような痛み。…まさかあのウイルス?自分が?テレビから毎日聞こえてくる感染人数。ああまたか。という感覚になる。
でもどこか他人事のように思っていた。まさか自分の身に降りかかるなんて…
朝、喉の痛みに気づいたけどすぐに治るだろうと様子を見ていた。
けれど昼になっても変わらない喉の痛み。それどころか、益々強くなっている。夕方には節々が痛くなってきていて、バイトは早退させてもらうことになった。
「修也…やばい、喉めっちゃ痛い…」
今日は修也は休みで、家に帰るなりそのことを伝えた。
「大丈夫か?もしかして、あのウイルスか?」
「わかんねぇ…けど、すごいしんどい…」
寒気と喉と節々の痛みが増していく。
座り込んでぼーっとしていると、修也が出かける準備をしていた。
「修也?」
「ドラッグストア行ってくる。必要なもの買ってくるわ、久は寝てろよ」
「ごめん、ありがとう」
こういう時、一緒に暮らしてくれて、そばに居てくれて本当に心強い。
全身がだるく頭が痛いし、顔が熱い。熱を測ってみると38.5度あった。かなり高い。
こんなに熱が高いのは中学生の頃インフルエンザにかかった時以来かもしれない。
普段なら思い出さないが、高熱のせいもあってあの記憶が蘇る。
◇◇◇
それは中学時代の春、京都に修学旅行に行くことになりそれなりに楽しみにしていた。けれど不運なことにインフルエンザにかかってしまったのだ。学年では俺一人が欠席で、惨めな思いと恥ずかしさで一杯だった。旅行から帰ってきたクラスの友達からは哀れみの目を向けられ、お土産は貰ったが何処となく気まずくてあの居た堪れなさは今でも思い出す。けど、修也だけは心配してくれて旅行から帰ってきたばかりで疲れているのにお土産とお見舞いの品を持ってきてくれた。学校で渡してくれればいいのに、移すかもしれないのにと思ったが只々、嬉しかったの を覚えている。多分その頃から修也への気持ちが確信に変わった。中学一年くらいから気になっていたけど気付かないフリをしていたんだと思う。
ただの幼馴染に抱く感情ではなくてこの気持ちが例え正しくなくても思いは止められずに溢れてくばかりだった。
学校で女子に呼び出されるたびに胸が締め付けられたが気持ちは伝えずに墓場まで持っていく覚悟をしていたから、幼馴染というポジションでいられた。それに片想いが心地いいとさえ思ってその気持ちに慣れていた。
修也の横で笑っていたくて、言葉を交わすことが楽しくて、時には衝突することもあった。
それでも、修也がいい。一緒にいたかった。
だけど高校2年のバレンタインの時想いが溢れて、でも気持ちはバレたくない。そんな思いからあえて名前は書かずに好物の和菓子でも送ろうと思った。
大量のチョコの中に紛れさせれば名前のないものなんて印象には残らない。という程で送った。
普通は名前を書くけど、あえて名前は書かないというのは逆に見つけてほしいと言ってるようなものだ。
自分の中でもう押さえきれない。
墓場まで持っていく気持ちはとうに崩れていた。きっと片想いの容量は人によって決まっていて俺の場合、その時が限界だったんだと思う。
◇◇◇
寝ている間に懐かしい夢を見た。
やっぱり具合が悪い時の夢は碌なものじゃない。中には良い思い出もあったけど。
何気に体温計で測ってみると40度になっていた。
目を疑った。こんな温度、風呂の温度じゃん??給湯器か??風呂沸かせるな??
でも頭は覚醒していて不思議だ。
などと意味わからないことを思っていると、ドア越しからノックが聞こえた。
「久?大丈夫か?必要なもの買ってきたぞー」
「熱40度あるんだけど」
「え?!マジか?」
修也がこっちに来て額に手をやって温度を測る。
「あっっついな」
「だろ?」
ひんやりとした手が心地いい。
袋から冷却シートを取り出しておでこに貼ってくれた。
「検査キットも買ったから、一応調べてみて」
「分かった」
「なんかあったらスマホで呼ぶこと、いいな?」
「うん」
買ったものを側に置いてくれて、修也がドアに向かおうとするが何を思ったのか服の裾を掴んでいた。
「ん?どした?」
「あ、えっと、」
口を魚の様にぱくぱくとさせて、うまく言葉が出てこない。
「す、少しだけで良いから、側にいてほしい…」
小さく微笑んだ気がして、元々熱かった頭がさらに熱くなる。
掴んでいる裾を離してその指をギュッと布団の中で力を込める。
「いいよ、眠るまで側にいる」
「あ、や、やっぱりいい!大丈夫!ごめんっ引き止めて」
「どっちだよ?笑」
「俺、熱でおかしくなってるから!ごめん、忘れて!」
「久になら移されてもいいけど?」
「へ?」
「だからここに居てもいい?」
ズルい、そんな声で言うのはズルい。側にいてほしくなるじゃないか。自分で頼んでおいてなんだけど。そういう修也の優しさが前から好きなんだよな。だから、甘えてしまうんだな。
「久が治ったら、プレゼントあるから早く治してな?」
「え、何、プレゼントって?」
「秘密〜」
プレゼントの内容が気になったがそれ以上教えてくれる気配はなく聞くのは諦めた。
頭がふわふわして瞼が重くて目が閉じそうになる。
「おやすみ、久」
修也の声が聞こえて、おでこに何かが触れた気がしたけど夢の中に入っているため分からなかった。
数日後、体調が良くなり元の生活スタイルに戻ることができた。
幸い修也にはうつらなくて本当に良かったと思う。
多分1人だったら不安だらけだったし、家を出てからこんなに体調を崩したことがなかったから修也の存在に救われた。感謝してもしきれない。
そういえば、修也が言っていたプレゼントって何だろう?
◇◇◇
「久、京都行きたくね?」
2人で朝食を食べてる時だった、急にそんなことを言った。
「京都?え、それって旅行ってこと?」
「そう、夏休みにどうかなって…他に予定あるならそっち優先していいんだけどさ」
「行きたい!京都かぁ、楽しみにしてる」
「うん」
何気に修也と旅行に行くの初めてなんだよな。今からワクワクが止まらなくてすごく楽しみだ。
「久、ニコニコしてるね」
「顔出てた??やば、にやけが止まらない」
「そういうとこ、可愛いよな」
笑いながら言われて、つられて俺も照れ臭くて笑って誤魔化した。
可愛いという言葉に俺は不釣り合いだと思うけど、修也に言われるとそんな悪い言葉には聞こえなくて嬉しくなってしまうんだなと何ともお手軽な自分にも笑ってしまうのだった。
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