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10 結婚の真意

「す、すみません。お忙しいですよね。 そのっ、ただの思い付きですので」 「そういう意味ではない。松乃がわざわざ俺の話を聞きたいのかと思ってな。 前置きもされたし、何か重大な話かと思ったから拍子抜けしただけだ。 構わない。時間が空いたら声を掛けよう」 「はい!」 俺はまたデカい声を出してしまい、慌てて口に手をやった。 思わず口角が上がってしまう。 相当、人が恋しかったのかもしれないな。 「頼嗣様はどんな甘味がお好きですか?」 「甘味はそれほど…、松乃に任せる」 「分かりました!あまり甘くないものを頼んでおきますね! 実家から好きな茶葉を持参したので、ぜひ頼嗣様に召し上がっていただきたかったんです!」 俺がウキウキしながら言うと、 「随分と楽しそうだな」と頼嗣様が言った。 「あ、すみません。ご体調が優れないのにはしゃいでしまって…。 頼嗣様とお会いするのが久々で、楽しくなってしまいました。 もう休まれますよね」 「松乃が楽しいならそれでいい。 が、そうだな。今日はもう休ませてもらおう」 そう言って頼嗣様は退席された。 お料理も結構残していらしたし、本当に体調が良くなかったんだ。 お話が聞けるとわかって、はしゃぎすぎてしまったと猛省した。 頼嗣様がいなくなったので、ちびちびと料理を食べていると、給仕係の女性が話しかけてきた。 「頼嗣様があんなに楽しそうにお食事されているところ、初めて見ました。 奥様のお力ですね」 「えっ…、楽しそうでした?」 俺が知ってる楽しい顔っていうのは、もっと朗らかな感じだけど? 「ふふっ、元来、感情が見えにくいお方なので… 長らく勤めていますが、私には今日の旦那様は楽しそうにお見受けしました」 「そうですか…、それなら嬉しいんですが」 「ですから、奥様は気兼ねなく、どんどん旦那様を誘ってあげてください。 そうでもしないと、お仕事漬けでお体にもよくないですし」 「わ、分かりました」 自分から誘うなんて、全然自信がないけれど、確かに仕事漬けは体に良くないだろう。 これも仕事だと思って、勇気をもって誘ってみよう。 と、意気込んでいると給仕係が「でも、良かったです」と話を続けた。 「良かったってなんのことですか?」 「いえ。旦那様のご結婚は政略的なもので愛情はないとお聞きしていたので」 「政略?」 「はい。恋愛に興味のない旦那様が、ご両親からうるさく結婚を勧められて、渋々、どうでもいい相手を連れてきたと屋敷中では噂になっていました」 「どうでもいい相手…?」 分かっていたことだったのに、何を浮かれていたのか。 頼嗣様は俺のことは形だけの嫁として連れてきたのだ… 俺がよっぽどショックを受けた顔をしていたのか、給仕係が慌てて手を振った。 「違いますよ!実際は違いました! 奥様を見る旦那様の顔を見たら、そこに愛情を感じました! なので、屋敷の者にはちゃあんと伝えておきます」 と、彼女は胸を張って言った。 が、おそらく彼女の言ったことが頼嗣様の本心だ。 本当は、俺と関わりたくもないのだろう。 なのに、浮かれて、お茶しましょうなんて…、迷惑にもほどがある。 政略結婚なら別にそれでいい。 俺なんか、嫁がせてもらった上に、こんなに伸び伸びと生活させてもらっているんだから。 愛のない結婚であろうが、幸せだと思わなくてはならない。

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