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19 手の甲
すっと心に暗い影が落ちる。
けれど、少なくとも、俺が妻でいる間は、誰とも関係を持つつもりはないのかもしれない。
それに安心して、俺は思わず口角が上がった。
「じゃあ、俺が妻でいる間は、誰も抱いたらだめです」
「っ…、もちろんだ。
欲を言えば、俺が一生妻です、くらい言ってほしかったがな」
「そうなればうれしいですが、さすがにそれを強要することは出来ないので。
あ、頼嗣様、あと10分でセレモニーの時間です」
「あ、ああ(そうなれば嬉しいのか?…、いや、変に期待するのはやめよう)」
頼嗣様はすっと立ち上がり、部屋を出ようとしたが、踵を返してツカツカと俺の前に戻って来た。
また床に膝をつき、俺の手を取る。
「…、この部屋は、元々、今日泊まろうと思って取っておいた部屋だから、私が戻るまで寛いでくれ。
…、それと、私以外の誰かがノックしても絶対に出ないでくれ。
三井が来るかもしれないからな。
ホテルの従業員もだめだ。
セレモニーが終わったらすぐに戻るから、もし空腹を感じたとしても、悪いが私が戻るまでは我慢してほしい。あとは…」
「ふふっ、頼嗣様、俺は子供じゃないので大丈夫ですよ。
早く会場に戻ってください」
心配そうにあれこれと説明する頼嗣様がおかしくて、少し笑ってしまった。
頼嗣様は驚いた顔をして固まっている。
し、しまった。
心配してくれているのに笑うなんて失礼だったか!?
内心慌てていると、頼嗣様が少し泣きそうな顔になった。
いや、頼嗣様が泣くわけない、気のせいだ。
「松乃…、改めて、俺と結婚してくれてありがとう。
すぐに戻る。いい子にしていてくれ」
そう言って、俺の手の甲に唇を落とした。
て…、手の甲にキスって!?
俺は顔を真っ赤にして固まるしかなかった。
生まれてこの方、こんなことされたことがない。
しかも、こんな美しい人からキスだなんて!
全身が心臓になったようにドッドッドッと鳴っている。
頼嗣様は満足そうな顔をすると、今度こそ本当に部屋を出た。
かくいう俺は、自分の手の甲を凝視したまま数分動けなかった。
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