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25 お詫び
「松乃様へお手紙が届いております」
摺木さんが上質な和紙でできた封筒を持ってきた。
春日井家に来てから俺に手紙だなんて、初めてだ。
送り主には『神田 花』と書いてある。
神田…、披露宴の時に俺の悪口を言っていた3人の中の1人だ。
封を開けるか悩んだが、神田さんはその中でも他の2人を止めようとしていた人だった。
そのことを思い出して、封を切る。
半紙に美しい字で、先日の詫びと、ぜひともご挨拶に伺いたいとの旨が書いてあった。
正直、自分のメンタルの事を考えるとあまり会いたくはない。
けれど…、こっちが申し訳なく感じるくらい反省しているようだし、頼嗣様と全く会えず、少し孤独を感じていた。
「会ってみようかな…」
そう呟いて、返事を書くために摺木さんから紙と筆を借りた。
神田さんみたいな教養のある字は書けないけれど、精一杯丁寧に書いて、封をした。
その手紙を送って数日と経たず、神田さんが来た。
シンプルだが洗練されたデザインのワンピースを着ている。
客間に通すなり、「先日はご無礼をはたらき、大変申し訳ございませんでした」と頭を下げた。
そのあまりの勢いに俺は気圧されてしまう。
「え、えっと、神田様はむしろ他のお2人を嗜めてましたし、俺は傷ついてないので気にしないでください」
「それでも、あまりに失礼でした。このような謝罪の場を設けてくださり、ありがとうございます」
三指をついて頭を下げている。
「本当に大丈夫です!頼嗣様は確かに高貴な方ですが、俺自身はただの下級貴族の三男なので…」
俺がそう言うと、神田さんは顔を上げてキリっと言う。
「身分なんて関係ありません。言っていいことと悪いことがあると思うんです。本当に申し訳ございませんでした」
「そ、そんな…、そのお気持ちだけで十分です。
それに、俺、ヒートがきたんですよ」
俺が少し微笑んで言うと、神田さんは目を見張った。
「そうでしたか…、良かった。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。だから、もう傷ついてないです」
「それでは…、初めてのヒートは旦那様と?」
そう聞かれて、思わず顔が火照る。
「え、ええ、はい」
「初めてのヒートを夫と過ごすだなんて、素敵です。お相手がいるならΩは安心です」
「…、いえ、今回限りだと思います」
「どうしてですか?」
神田さんが俺を凝視している。
目が猫のように大きい彼女の視線が刺さる。
「神田様もご存じだと思いますが、俺たちは政略結婚なので」
「噂ではそう聞きましたが。披露宴では春日井様の一目惚れとおっしゃっていましたよね」
「それは、建前です。本当は愛なんかありません」
「私は、政略結婚の方があんなに熱心に『一目ぼれした』なんて言わないと思いますけどね」
神田さんが小首をかしげる。
「でも、事実として、番にしてもらえませんでした」
俺が力なく言うと、神田さんが笑い飛ばした。
「松乃様は初めてのヒートですよね?
それで番うだなんて、貞操観念ぶち壊れですわ」
あまりに豪快に笑うので、さっきまでの傷心が吹き飛んだ。
「そ、そういうもんですか?」
「そうだと思いますけど。
春日井様が紳士だっただけです」
「そうだと嬉しいです…」
「そういえば、お詫びとしてカヌレをお持ちしました。松乃様、召し上がったことはございますか」
「カヌレ?」
「ええ!とっても美味しいんです。その、ご都合よろしければ、お茶でも…」
「嬉しいです!お茶の準備をさせます。
カヌレはどんなお茶が合いますかね?」
そんなこんなで、お詫びだけ受け取るつもりが、お茶をすることになった。
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