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26 友達
神田さんはおそらく、俺よりも身分が高い家の出だろうことが、話の節々から伝わる。
それなのに、気さくに話してくれて、それでいて高貴さも感じさせるような不思議な人だった。
俺のうじうじした悩みも笑って吹き飛ばしてくれるし、ついつい長話をしてしまった。
そして、カヌレがとてもおいしい。
うちにあった、英国から取り寄せた紅茶が合って、本当に良かった。
「神田様とお会いできて良かったです」
「神田様なんてやめてください。
花、で構いません」
「花…さん?
俺の事も松乃って呼んでください」
「ちゃんでも、さんでもいいです。
春日井様の奥様ですけど、私の方が年上ですし
遠慮なく松乃ちゃんと呼びます」
本来なら、花さんと呼ぶべきだとは思ったけれど、カヌレを片手に無邪気に笑う様子は少女の様だったので、「花ちゃん」と呼ばせてもらことにした。
花ちゃんは、あの時の2人の令嬢の傘下にいるため、強く出られないんだとか。
家柄のせいで、どうしようもないことが沢山あることを俺は知っているので、あの日の事は本当に気にしないでと伝え、納得してもらった。
代わりに今後はお茶をしたり、お出かけしたり、友人として仲良くしてもらうことにした。
時間も忘れて駄弁っていると、不意にふすまが開いた。
「松乃…、と、貴女は神田氏のところの…」
帰宅された頼嗣様が、俺と花ちゃんの顔を交互に見ている。
「春日井様。突然お邪魔して申し訳ございません。私、花と申します。
先日のお詫びにお伺いしたのですが、松乃ちゃんとのお話が楽しくなってしまって…、時間を忘れてしまいました」
「いや、構わない。
松乃と仲良くしてもらえると助かる。
そろそろ夕食の時間だと思うが、花さんは…」
「い、いえ!私はこれで失礼します。
また松乃ちゃんに会いに来ますね」
花ちゃんはそう言うと、俺に微笑みかけて立ち上がった。
「花ちゃん、また来てね」
玄関まで夫婦で見送りに出て、俺がそう言うと、花ちゃんは、ぱぁっと笑顔になり、俺の手を握って握手した。
「うん!また!」
そして、頼嗣様には会釈をして、待たせてあった馬車に乗り込んだ。
そういえば忘れてたけど、俺たちが話し込んでいる間、従者さんはずっと待ってたんだよね…
申し訳ないことをした。
そのまま食卓に向かうことになり、頼嗣様に「連絡もせずに客人を招いてしまってすみません」と謝る。
「いや、構わない。
私に連絡できるようなタイミングが無かったのだろう。長い時間、家に1人というのは苦痛だろうから、友人ができたようで良かった」
「苦痛だなんて…、でも、誰かと時間を共有するのは嬉しいことですね。
頼嗣様との夕食の時間もですが」
「そうか。私にとっても安らぎの時間だ」
頼嗣様がふっと笑った。
たまに見られるようになった、控えめな頼嗣様の笑顔に胸がキュンとする。
これが見られるのが自分だけならいいのに。
俺との夕食の時間を頼嗣様も楽しみにしていたのだろうか。
だとしたら、避けられていたわけではないのかな。
少しホッとする。
もしかして、ヒートの時の俺が気持ち悪かったのではないかと不安でもあった。
事実、ほとんど記憶がないし、醜態ではあったと思う。
久々に2人で取る夕食が楽しく、俺は口が止まらなかった。
ほとんどが畑と花ちゃんの話ではあったけれど。
食事も残さずに食べられてホッとした。
残したところを見られてたら、頼嗣様が心配するかもしれないと、少し不安だった。
ここのところ、残してしまっていて、作ってくれた人には本当に申し訳なかった。
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