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32 俺が知らない約束

  ど、どういうこと!? 俺を差し置いて、頼嗣様と花ちゃんが街でデートするってこと??? 俺は、ショックで立ち尽くした。 が、カチャカチャと音を立てる湯呑みを見て、自分が震えていることに気づき、 このままこうしていたら、花ちゃんに変に思われると思い直して、襖を開けた。 「わ〜、ここからでも良い匂いがわかる!」 「う、うん。香り高いよね」 「お茶菓子、和菓子にして良かった〜! 今日はね、栗羊羹持ってきたの!」 花ちゃんはウキウキとした声で、持参した紙袋から羊羹を取り出した。 有名な老舗のお菓子の名前が入っている。 「それ、高いやつだよね」 「まぁね。でも、お買い物した時に春日井家の夫婦と一緒に回ったって言ったら、すごい喜んでた。で、今日は奥さんとお茶するって言ったら、パパが張り切って買いに行ってくれたの」 「素敵なお父様だね」 「うん。性根は優しいの」 花ちゃんがいかにご両親やご家族に大切に育てられてきたかが分かる。 こういう幸せな家庭の人の方が、頼嗣様にお似合いなんじゃないだろうか… 俺の両親なんて、嫁いで以来、音信不通だし。 「はい。松乃ちゃんに大きい方」 ボーッとしていると、目の前に大きくカットされた羊羹を差し出される。 練り込まれている栗もとても大きい。 「えっ、い、いいよ!」 「松乃ちゃんに食べてほしくて持ってきたの。 松乃ちゃんはもっとふっくらしたほうがいいよ」 「そ…、そうかなぁ」 「うん。食べすぎちゃったかも〜って悩むくらいのほうがいいよ」 「じゃあ、お言葉に甘えて」 昔から食が細くて、どこをとってもカリカリに痩せている自分の体躯。 着ている服が、しっかり仕立てられた服でなければ、どこかの孤児に見えるかもしれない。 みすぼらしい…、よね。 あの時はヒートだったから、頼嗣様は手伝ってくれたけど、自分ならこんな体抱きたくない。 改めて、申し訳ないことをしたな。 「ま、松乃ちゃん?なんか元気ないと思って大きな羊羹渡したけど、そんなに嫌なら食べなくても…」 「違う違う!羊羹は好きだよ! ちょっと昔のこと思い出しただけ!」 「そう?何かあったら私に言ってね」 「うん、ありがとう」 まさに悩みの種の一部が花ちゃんだよ、とは言えずに俺は口に運んだ。 こんな気分でも、この羊羹は美味しいんだから、とってもいい羊羹なんだ。 「花ちゃん、来週も遊びに来ない?」 カマをかけるつもりで言ってみた。 「来週は…、お母様と観劇に行く予定があって…、松乃ちゃんも連れて行きたいけど、2席しか取れなかったの!ごめんね! あ、その代わり、2週間後の松乃ちゃんの誕生日…の、前日にお邪魔してもいいかな?」 「え?」 「いや、流石にお誕生日当日は、春日井様と過ごすだろうし、前日でいいから!だめかな?」 「え、そうじゃなくて、なんで誕生日知ってるの?」 「えっ?あっ…、前に…、そう!前に言ってたよ!自分で!」 「そうだっけ?」 「うん!しかも今回は20歳の誕生日でしょ? 盛大にお祝いしないとね!」 「ありがとう。じゃあ、再来週、待ってるね」 「うん!」 それから、2人で他愛もない話をして、夕方近くに花ちゃんは帰った。 花ちゃんが俺が何気無く言った誕生日を覚えててくれてのは嬉しい。 (言った記憶がないから、本当に無意識に言ったのかな?) けど、その前に頼嗣様と2人で会うらしいことは、どうしても胸がモヤモヤした。 頼嗣様に、本当に相応しい相手が現れたら、身を引くつもりだったのにな… こんなふうにモヤっとするのも烏滸がましい。 カレンダーを見上げる。 あれ?そういえば、来週は前回のヒートからちょうど3ヶ月後だな… 誕生日、頼嗣様からは何も言われてないけれど、花ちゃんと会うし、その日にヒートが被るくらいなら、来週、予定通り来るといいな。 穴が開くほど見ても、何も変わらないカレンダー を数分睨み、俺はため息をついた。

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