33 / 50
33 頼嗣様のお召し物
夕食の時間になり、いつもと変わらない様子の頼嗣様。
どうするか散々悩んだ挙句、俺は口を開いた。
「あの…、来週、一緒に街に行きませんか?」
頼嗣様は驚いた顔で俺に目を向ける。
そんなに驚かれるとは思わず、俺も身を固くした。
「あ、ああ…、いや、来週は仕事がある。
せっかく松乃が誘ってくれたのに悪いな。
再来週…、は、誕生日だから、外で祝ってもいいが、せっかくなら家で祝いたいんだが…。
と、なると街に行くのはその次の週だと良いのだが」
やっぱり、嫁の俺よりも花ちゃんとの約束の方が大事だよな。
分かってはいたけど、笑えない。
「そう…、ですか。
気にしないでください。
そんなに毎週お忙しいんですね。
俺、誕生日を祝っていただけるだけで幸せなので、大丈夫です」
頼嗣様の顔が見られずに、メインのステーキをフォークで突きながら言った。
「いや、妻のために時間を割くのは当たり前のことだ。
3週間後は、松乃は都合が悪いか?」
「…、ええと、はい。
花ちゃんとの約束もありますので」
本当は嘘だ。
頼嗣様はお仕事の関係で、週に一度しかお休みがないが、花ちゃんも俺もこれといった仕事はなく、いつでも会える。
それに、この3週間も先に約束することはない。
けれど、俺のために時間を使わせるのは気が引けた。
花ちゃんと2人で街に行くなら、俺とだって行ったっていいだろう、とは会えなかった。
「そうか…。本当に悪いな。
また声をかけてくれ」
「はい」
本当に残念そうな声色に聞こえて、俺は頼嗣様を盗み見たが、いつも通りの無表情だ。
それ以降、それらに関する話はせずに1週間が経った。
花ちゃんも後ろめたいのか、遊びに来なかった。
今日は、2人が出かける日だ。
朝、いつも通り早めに目を覚まして、畑に水を撒く。
不意に玄関の戸が開く音がして、頼嗣様が出かけられたのだと気づいた。
街に行く時は畑の前の通りを通っていくので、俺は背の高い野菜の後ろに隠れて盗み見た。
俺は別に悪いことをしてないのに、泥棒にでもなった気分だ。
馬車の窓越しに見た頼嗣様は今日も美しかった。
いつもの仕事用のお召し物とは違い、俺の服と一緒に仕立てた服だ。
あの日、何着か仕立てたうちの、俺が1番頼嗣様に似合ってると思った服だった。
その服で、妻より先に他の女と出かけるなんて…、と思ったけども、俺にそんな権限はない。
痛む胸を抑えながら、俺は1日を鬱屈として過ごした。
長い長い1日だった。
ともだちにシェアしよう!