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37 先週の訳

少しの間、談笑していると、頼嗣様のお母様も到着した。 「松乃ちゃん、お誕生日おめでとう。 久々に会えてうれしいわ」 「俺もです。わざわざご足労くださってありがとうございます」 頼嗣様のご実家とここはそう離れてはいないけれど、お母様に会うのは披露宴以来だった。 お母様はきっと、過干渉にならないように気を使っているのだろう。 だから、本来であれば、俺の方からご実家に顔を出すべきなんだけど…、 頼嗣様は俺を一人で出かけさせないし、休日にわざわざ声をかけてご実家に同行して頂くのも気が引ける。 それに、やっぱり少しだけお父様が怖い。 「遅れちゃってごめんなさいね。 プレゼントを運ぶのに少し手こずっちゃった。 旦那にも手伝ってもらってなんとか持ってきたわ~」 「そ、そんな!手ぶらで構いませんのに」 「いいのよ。私が贈りたいの」 「さあ、誕生会を始めよう。 お母様も座って」 頼嗣様の声に、すかさず執事が椅子を引いて、お母様に席を勧める。 そうして、食事会はつつがなく進んだ。 いつもよりも豪勢な食事で、花ちゃんもお母様もハイテンションで話している。 そんな二人に俺は圧倒され、頼嗣様は適度に相槌を打ちながら捌いていた。 「そろそろ、お腹いっぱいですし、箸休めにプレゼントタイムしませんか?」 花ちゃんが切り出した。 「いいわね~。早くもらった時の松乃ちゃんの顔が見たくてうずうずしてたの」 「そうだな。私も準備しよう」 「じゃあ、私からいいですか? 羊田、例のものを」 花ちゃんがドアに向かって言うと、返事がして、扉が開かれた。 そこには台車に乗せられたデカい何かがある。 「でか…」 「そう。この大きさは私から松乃ちゃんへの愛の大きさよ」 「あ、ありがとう。開けても?」 「うん!ぜひ見て!」 俺は恐る恐る近づき、リボンに手を掛ける。 解くと、箱もするりと崩れた。 中にいたのは巨大なクマのぬいぐるみだった。 「でかかわいい!!!」 俺は思わず、クマに抱きつく。 触り心地も最高… にしても大きいな。 座った状態だけど、立たせたら頼嗣様より大きそう。 「気に入ってくれてよかった~ 街にオーダーメイドの人形屋さんがあって、 無理言って特注サイズを1週間で作らせちゃった。 実はね、これを運ぶために、先週春日井様を借りちゃったの。 直接このお屋敷に運び込みたかったから… 不安にさせてごめんね。 本当は私達が出かけること、気づいてたんだよね」 花ちゃんが頭を下げている。 そういうことだったのか… まさか、俺の誕生日の為とは思わなかった。 2人は力を合わせて、俺を祝おうとしてくれたのに… 「俺の方こそ、疑ってしまってごめんなさい。 プレゼント、とっても嬉しい。ありがとう」 俺がそう言うと、花ちゃんは堪えきれないといった様子で、クマに抱き着く俺に飛びついてきた。 「うわっ!?」 俺は慌ててバランスを取る。 「ごめんねぇぇぇ、嫌いにならないでねぇ」 号泣している。 俺は安心したのと、あまりの号泣っぷりへのおかしさで、花ちゃんを抱きとめたまま少し泣いた。 花ちゃんの性格を考えれば、すぐにでも言いたかっただろう。 泣くほど抱え込んでいたなんて… 以前の俺なら、こんな風に自分のことを思ってくれる人が現れるなんて思わなかった。

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