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40 いつかの2人
前のように、空いているスペースでぼーっとしていると、2人組の女性に話しかけられた。
「ちょっとあなた」
「え、俺ですか?」
顔を見ると、前に花ちゃんと一緒にいた、気の強そうな美人たちだった。
「神田花さんが、春日井様に取り入ってるらしいじゃないの」
「嫁としての自覚ありますの?」
一瞬、何のことか分からずに「え?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
「ですから、春日井様の家に出入りしているだとか、お二人で出かけているだとか、いろんな噂を聞きましてよ」
「それで良いんですの!?」
どうやら、花ちゃんと頼嗣様の仲を疑っているらしい。
勿論、俺だって気にしてはいる。
だけと、頼嗣様がもし、花ちゃんに乗り換えたとして、俺に何の権限があるのだろう。
誕生会の一件から、俺は、頼嗣様が本妻として花ちゃんを迎えたとしても、愛人の枠に入れてて貰えればいいかと腹を括っていた。
複数人のΩと婚約するαは結構いるし。
「頼嗣様が決めたことに、俺は何も言う資格がないので」
俯きながらそう言うと、彼女たちは声を荒げた。
「はぁ?本当に良いんですの!?」
「貴方、また捨てられるのよ?」
「っ…、頼嗣様は優しいので、たとえ花ちゃんと婚約を結んでも、俺のことは愛人とかに…」
「言っておきますけど、神田さんはαよ」
「…え?」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けて、思わず少しよろけてしまった。
花ちゃんがα?
確かに、本人が「Ωだ」とは言ってなかったけど、勝手にΩだと思ってた。
α同士の結婚の場合、Ωを愛人に囲うことはない。
性質上、どうしてもα2人でΩを取り合うことになり、破局してしまうからだ。
それじゃあ…、もしも頼嗣様が花ちゃんを選べば、俺は捨てられるのか?
「まさか、神田さん、貴方にΩって嘘ついてたんですの?」
「そうなると確信犯じゃないですの!!」
「ちがっ!違います!俺が勘違いしてただけで!
でも…、もし、頼嗣様が彼女を選ぶなら、俺は身を引くだけです。
俺の家柄は、神田家よりもずっと下ですし…」
自分に言い聞かせるように言った。
だから、これ以上は頼嗣様に深入りしてはだめだ。
政略結婚だ、ということを俺自身が忘れそうになってどうする。
「はぁ…、とことん、煽りがいのない方ですわね」
「聞き分けの良いことが美徳だと思っていらっしゃるなら、改めた方が良いですわよ」
「まあ、相手がαの神田さんなら、私たちだっていくらでも戦いようがありますから、むしろ良かったですけど」
2人はそう言って、去っていった。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
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