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41 竿の人
「あれれ?松乃ちゃんじゃん。
遠くから見てたけど、またいじめられた?」
放心したまま、声の方に目を向けると「竿貸して」案件の男がいた。
「いえ…」
「え、なになに?様子おかしいじゃん?
頼嗣呼んでこようか?」
「平気です。これ以上、迷惑はかけられません」
「え?頼嗣はよく手の掛からなすぎる妻だって言ってるけどね。
体調が悪いなら、むしろ早く知らせるべきだよ」
「…、ありがとうございます。
あっ、あの、貴方はまだ、その…、竿を探しているんですか?」
「さお?」
意を決して言ったのに、聞き返されて思わず赤面する。
だって、あの日、この人から言ってきたじゃないか。
「…、はい。その、頼嗣様の…」
「頼嗣の…、さお…、あぁ!」
彼、三井は思い出したようで、腹を抱えて笑い始めた。
俺は、何で自分が笑われているのかよく分からず、不審な顔をしてその様子を眺めた。
「いやもう、別のαにお願いしたから大丈夫。
てか、やってみて思ったけど、あんなん正気じゃないよ。
死ぬほどきつかったわ」
「そ、そうですか」
「いくら濡れるからって、男のΩって大変だな。
しかも、松乃ちゃんって濡れづらかったんだろ?
苦労したな」
「濡れっ…、そ、それはどうも」
あまりに赤裸々に言うもんだから、なぜかこっちが顔を真っ赤にしてしまう。
よくもまあ、こんな社交会で言えるもんだな!
「それで俺は気づいたわけ。
俺、挿れる方が好きだわ。
今はΩのケツに興味があるんだよね。
でさ、松乃ちゃんがまだ番になってないなら、今度俺とヤっ…」
「殺されたいのか?」
死ぬほど低い声が聞こえて、そちらをみると頼嗣様が三井を睨みつけていた。
「なんだよ、頼嗣〜。
お前が松乃ちゃん放置するのが悪いだろ」
「仕方がないだろ。
必要以上にαに接触させたくないんだ」
「ふぅ〜ん」
三井がニヤニヤし、頼嗣様が鬱陶しそうにため息を吐いた。
「さ、挨拶は終わった。帰るぞ」
「は、はい」
歩き出した頼嗣様を追うように、俺は小走りで着いていく。
「じゃあ、松乃ちゃん、考えといてね。
ヒートの時、呼んでくれてもいいよ」
ウインクをしながら、三井が言った。
「…、し、失礼します」
俺は、頼嗣様の知り合いだし、無碍にするのも悪いと思って一応会釈を返した。
振り返った頼嗣様が、俺の腕を取って歩き出した。
「えっ…、あっ!」
少し引っ張られて、俺は少しバランスを崩し、頼嗣様の腕にしがみついた。
慌てて離れようとすると、手で制された。
「はぁ…。少し放っておくとすぐに誰かを寄せ付けるからな…」
頼嗣様がうんざりと言った様子で言うので、俺は何が悪いか分からないけれど「申し訳ございません」と小さく呟いた。
誰かを寄せ付けたつもりはないんだけどな…
「会場を出るまでは手を離さないように」
と言われ、俺は頷いた。
こんな人前で、腕組んでて良いのだろうか…
花ちゃんをはじめ、あの女性たちのようなαの女性たちが頼嗣様を狙っているのに…
俺は少し俯いて、なるべく存在感を消すようにして過ごした。
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