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42 不順

そのまま、ほとんど真っ直ぐに馬車まで来た。 社交会ってもっとこう…、ダンスしたり、談笑したり、飲食したり…、長々とあるものじゃないのだろうか? かつて、数回参加した社交会では、両親から「顔を覚えてもらうまで帰るな」と言われたし、 兄たちは日付を超えるまで帰って来なかったし… とにかく、帰宅までのスピードが早すぎる。 馬車の前で立ち止まると、頼嗣様が不思議そうに「どうした?」と声をかけた。 「い、いえ、随分と早い帰宅だなと思いまして」 「あぁ…、私はこう言う場が苦手なんだ。 もっといたかったか?」 「いいえ!頼嗣様が良いなら良いです。 俺に気を遣って、早く帰るのかなと思ったので」 「そうか」 頼嗣様はそういうと、馬車に乗り込み、俺に手を差し出した。 俺は男だし、馬車の段差くらい、なんてことはないんだけどな。 そう思いつつも、好意を無駄にするのは申し訳ないので手を取った。 移動中は特に話すこともなく、お互い、窓の外をみる。 俺はと言うと、今日知った、花ちゃんがαだったと言うことが、頭から離れない。 本当の本当に俺、捨てられるかもしれない。 「松乃、具合が悪いのか?」 いつのまにか、頼嗣様が俺の顔をじっと見ていた。 「いえっ…、えっと、少し、疲れたかもしれません」 「肩を貸そうか?」 「だっ、大丈夫です!」 「そうか。耐えられなくなったらすぐに言ってくれ」 「はい。お気遣いありがとうございます」 顔に出やすくて困る。 そんなに俺、分かりやすいかな。 頬を両手で擦りつつ、もしも、俺たちが離縁したらどうしようかと考える。 やっぱり、実家には帰らずに、平民として生きていくしかないだろうか。 Ωで一人暮らしなんて出来るのかな。 不安だ。 「そういえば、ヒート、そろそろじゃないか?」 「え?ええ。来週くらいですね」 「休みをとっておくから、具合が悪くなったらすぐに言ってくれ」 「え!?大丈夫です!今回はご迷惑はおかけしません!ですから通常通り、ご出勤なさって下さい」 「松乃が妻として頑張っているんだから 私だって夫として頑張らせて欲しいのだが」 「もう充分ですよ。だから、気にしないでください」 「松乃…」 頼嗣様はまだ何か言いたそうだったが、タイミングよくお屋敷に着いた。 俺は「お腹空きましたね!早くお家に入りましょう」と話を切り上げた。 「ああ」 お腹が空いたと言えば、優しい頼嗣様は俺を引き止めずに、すぐに夕食にするだろう。 会場のビュッフェ、美味しそうだったから、お預け状態で空腹なのは本当だし。 少し気まずい雰囲気で夕食を済ます。 そして俺のヒートはまた止まってしまった。 予定の日を過ぎても何も起きず、そこから1ヶ月経ってもヒートが来ない。 ホッとした。 頼嗣様のお手を煩わさないで済む。 でも、ヒートが来ないということは、子が成せないということ。 そうなれば、頼嗣様にとって俺を嫁にするメリットがない。 いくらそういうのに興味がない頼嗣様でも、流石に後継ぎは必要だろう。 花ちゃんは女性だから、ヒートなんかなくても子が成せる。 α同士なら、子もαで生まれる可能性が高い。 Ωが生まれてくる心配がない。 完全に敗北じゃないか。 頼嗣様が心配して、医者を呼んでくれた。 「Ωですから」と医者が頼嗣様を退席させ、俺に話を聞いてくれた。 体には何の異常もなく、「心因的に何か追い詰められるようなことはないか?」と聞かれた。 思い当たるとすれば離縁のことだけど、春日井家の名誉のためにもそんなことは言えない。 「いえ…、なんでしょうね」 と曖昧に誤魔化すと 「何か心配事があるなら、貴方は旦那さんがいるのだから、すぐに相談なさい。 番がいるΩは精神的に安定しやすいんだから」 と言われた。 どうしたら、番にしてもらえるんですかね?という言葉を何とか飲み込む。 俺たちは事情が事情だから…、俺が何とかするしかないんだ。

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