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「俺が不在の間に他の男と逢瀬か?」 俺の背中をさすりながらも、頼嗣様は厳しい声で言った。 「違います!…、畑の様子を見てたら、三井…様がいたんです。 頼嗣様のご友人なので追い返すわけにもいかなくて」 「今後は追い返していい。 それに友人などではない」 「そう…、ですか」 ぐすぐすと鼻を啜っていたが、だんだんと落ち着いて来た。 「あの、もう大丈夫です」 俺を抱え込むようにして、背中をとんとんしてくれていた頼嗣様の胸を押す。 「私が大丈夫じゃない。 三井に何をされた?」 「何も…、されてません」 「何もされてないのに泣いたのか?」 「…」 三井に言われたことをそのまま言えるわけがない。 俺が黙っていると頼嗣様はため息をついて立ち上がった。 「あいつには話せて、私には話せないのか」 「…」 違う。 頼嗣様だから言えないのに。 「分かった。話せるようになったら話してくれ」 優しい言い方に俺はまた涙腺が緩む。 俺はこの人とちゃんと別れることが出来るのだろうか。 自室に戻ってぼーっとしていると、摺木さんが「夕食の時間ですが」と声をかけた。 「すみません。食欲がないので…」 そう言うと、いつも無表情な摺木さんが驚いた顔をした。 「いつもは食欲がなくても、食卓には着きますのに…、本当にご体調が悪いのですか?」 「えっと…、はい」 「そうですか。旦那様、悲しまれますね」 「…そうでしょうか」 思わず漏れ出てしまった。 摺木さんにこんな当たり方するなんて…、自分が情けない。 「そりゃそうですよ。夫婦なんですから。 よろしければ、お部屋にお持ちしますよ」 「ありがとうございます。 でも、本当に食べられそうにないです。 柿田さんに…」 「謝罪なら直接なさってください」 「あ、はい」 相変わらずの冷たい返しに、俺もすんとしてしまった。 変に気を使わないところに救われる。 摺木さんにまで優しくされたら、俺は泣いてしまう。 1時間くらいして、部屋のドアがノックされた。 誰だろう? 「はい?」 と答えると、扉から現れたのは頼嗣様だった。 「あっ…、お食事、残してしまって申し訳ございません」 「いや、いい。松乃だって体調が悪いことくらいあるだろう。 そうではなくて…」 「…はい?」 歯切れが悪そうに言い淀んでいる。 何かあったんだろうか… 「夕食に南瓜のスープが出た。 とても美味しかったから礼を言いに」 そういえば、今朝、持って行ったんだった。 色々ありすぎて忘れていた。 柿田さんがせっかく出してくれたのに…、申し訳ないことをしちゃったな。 「お口に合って良かったです。 柿田さん、美味しく調理してくださったんですね」 「それはそうだが…、南瓜そのものが美味しかったんだろう。ありがとう」 「いえ!そんな…」 謙遜しながらもまた涙腺が緩む。 冷たいってよく言われているそうだけれど、頼嗣様はとても優しいんだ。 「松乃?」 「いえっ…、なんでもありません」 泣きそうなのを堪えているんだから、そんなふうに覗き込まないでほしい。 ふっと頼嗣様が息を吐いた。 「そんなに私のことが嫌になってしまったか?」 俺は弾かれたように顔を上げた。 頼嗣様も泣きそうな顔をしている。 「違います!それは本当に違う… でも、俺に優しくしないで下さい」 これ以上は手が離せなくなってしまう…

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