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第8話 これは運命なんです

「ごめん……また安易に手を放した……」 「平気ですよ。俺が離しませんから」 いつの間にかラシエルは後ろから抱き締めるように両手を回して、俺を見下ろす まるで恋人同士がするようなバックハグに、今更リュドリカは顔を赤面して動揺して固まった 「ハッ……!えっ、えっと!?そういえばここで何かするのか!?」 すぐさまラシエルの手を取って、後ろから抱きつくこの男を無理やり引き剥がす ラシエルは少し残念そうな顔をした 「あ、はい……先祖代々伝わる言い伝えで、聖剣に選ばれし勇者のみが着れる服というのがあって、それに着替えないといけないんですけど……」 ラシエルは俺と繋がれた手を見つめる 俺もすぐにハッと気付き事の重大さを知った なるほどだからタリスを追い出したのか 「きっ着替え!手繋いでたら出来ない、よな!?どうしよう……!?」 「はい、なので良ければ、俺の着替え手伝って貰えませんか?今から上を脱ぐので、腰辺りを支えてくれてると助かります」 勇者の腰を!?そんな恐れ多い……! しかし反応に困る俺を気に留める事無くラシエルに腕を引かれて、腰に宛てられる リュドリカはされるがままその状態で硬直してしまった 「脱ぎますね。そのまま掴んでて下さい」 衣服を脱ぎ捨て顕になった勇者の体躯 形の良い腹筋に、厚みのある胸筋、そして筋が何とも言えないエロさを漂わせる腹斜筋が眼前に広がる そんな光景を間近で見るどころかその堅い筋肉に直に触れてしまっている リュドリカはアワアワと挙動不審になりながら手に汗を滲ませた 「………はい、ありがとうございます。少しくすぐったいですね」 ラシエルはふふ、と笑いながら勇者の衣服を身につける ま、まさか次は……下か……!?下もなのか!? 「ズ、ズボンは……」 「あ、下はこのままで大丈夫です」 「あ、あぁ…」 そうか。そうだった。 最初の村で手に入る装備は勇者の上着のみだ 何度もやり込んでるくせに忘れてんじゃない そしてちょっとガッカリしてるんじゃない俺よ! 家を出ると既に陽は沈みかけており、広場の中央の台座に立つ村長が盃を掲げている 「皆の衆~今宵は伝説の勇者の子孫であるラシエルが遂に聖剣に認められし何ともめでたい日じゃ!今この瞬間今世紀新たな勇者の誕生を心から祝福するぞ!」 おおお、と周囲の村人は村長に続けて盃を掲げ士気を高めんと鼓舞する 「わぁ、みんな凄く活気立ってるね。ありがたいや」 その様子をまるで他人事のように勇者ラシエルは小さく言う 「そりゃそうだろ!だってお前は勇者だもん!みんなお前に期待してるし、俺だって……」 キラキラと目を輝かせて、リュドリカはラシエルの顔を見た ラシエルは困ったように眉を下げて笑う 「伝説の聖剣の言い伝えは……、その日、その時、その瞬間を以てして、勇者と出逢うべくして出逢う。それは運命であり必然である。……って小さい頃から俺とタリスは何度も言われて育ってきたんだ、村長に」 「………?へえ?」 「俺、勇者の子孫とか言われてるけど、両親はタリスを産んですぐどこかに消えた最低な奴らだったし、勝手にみんながそう囃し立てて十八になった時から、毎日のようにあの湖に行くよう言われてたんだ」 「…………。」 ラシエルの両親は、王直属の近衛騎士とその救護班だった いずれも魔物の討伐に敗れ戦死してしまっているが、このゲームのストーリーでは大きく触れる事はなくフィールド探索の際に廃村した小屋の中で誰かが残した書記で知ることになる なので、広場の四方に配置された燃え盛る篝火を見つめるラシエルの哀愁とも憎悪とも取れる表情に、リュドリカは掛ける言葉が見当たらなかった 「でも小さい頃から両親の居ない俺とタリスを、村のみんなは本当に家族のように慕ってくれて、俺も凄く感謝しているんだ……だからみんなの期待には応えないといけないと思ってる」 「ラシエル……」 「そしたら今日、君と出会って、君はこの剣を自分のだって言った。俺本当はその時、少し肩の荷が降りたんです」 「えっ、それは……」 ラシエルにとっても勇者の肩書というのは、凄く荷が重かったということなのか? 「ごっごめん!それは、俺……っそんな事何も知らずに勝手に……」 「ううん、それはいいんです。実際湖の中に手を入れるっていうのも実は何度かしたことありましたし。君と出会った事によってあの聖剣はやっとその重い腰を上げたんです」 「あ、そ、そうなの?」 「うん。だってそれってさ、俺とリュドリカさんが会うのも運命だったって事ですよね?この出逢いは必然だったんです」 「へっ……い、いやぁ。それは~どうだろう……」 単純に俺がプレーヤーとして操作する側の人間だからだと思うけど……そんな事いったって、勇者には伝えられないし…。 「でも実際もう俺は貴方無しでは満足に動くことも出来ないわけですし、運命共同体ってことで、これからも側に居てくれませんか?」 「え、えぇっと……」 だからそれプロポーズに聞こえるんだって! 村長が篝火から火を貰い広場中心の焚き火に灯す。そこから燃え上がる炎を見つめるラシエルの新緑のようなエメラルドグリーンの瞳は、陽の沈んだ暗闇に燃える炎によって、より深く濃く淡いモスグリーンの瞳に変化した 「うわぁ、綺麗だなぁ……」 「え?」 勇者の質問に満足に答える事もせず、また呆けた面で眼の前の良い顔をした男に気を取られていた 「リュドリカさんって……」 「ちょっと、アンタ達いつまでそうやってるつもりよ?ラシエル、今朝言ったこと憶えてるでしょうね?」 二人の間に割って入ってきたのは、メルサだった 未だにリュドリカを見る目は軽蔑の色を全く隠せていなかった

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