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第22話 術中にはまる
「おーい!!そこの二人!冒険者か!?手伝ってくれ!放水が間に合わねえ!」
遠くの家屋の影から、里の住人と思われる中年男性が顔を出す
リュドリカはあっと何かを思い出し、ラシエルの手を引きその声のした方角へ走り出した
「そうだ、今噴火が起きてるから放水してるんだった!行こうラシエル!」
「えっ、放水……?」
防御結界である不死鳥の加護の実の正体は、活火山の噴火に伴う溶岩流が、膜のように里全体を覆いこむことで成されていたものだった
普段は周期的な火山の噴火により、里の手前まで流れ着いた溶岩が少しずつ足されて補強していくが、今ではその噴火の回数の度が越え、結界を作るのに膨大なマグマが持て余した状態に陥っていた。
そして姿を消した里長の神力がないと、強度を保てず不安定な結界を作り始めてしまい、里のみんなは放水しながら持て余した溶岩を冷やし固めて凌いでいたのだ
里の居住地を抜けて進むと、モクモクと水蒸気が立ち昇るのが見え始める。微かに硫黄の独特な匂いが鼻につき始めて、溶岩がすぐそこまで流れ着こうとしているのが分かった
「そのまま真っ直ぐ進んで行ってくれ!」
里の住人が叫ぶ
更に進むとザワザワと何人もの人の声が聞こえ始めてきた。そして漸く辿り着いた先には、バルダタの住人たちがバケツやホースのような道具を使い、川から水を汲みゆっくりと押し寄せる溶岩に放水をして懸命に溶岩を堰き止めていた
「おいっそこの兄ちゃん!こっち持ってくれんか!」
また先ほどとは別の老夫が、ラシエルを見るなり大きなホースとメットを掲げて頼む!と叫ぶ
ラシエルはすぐさまその老夫の元へと駆け出した
そして川から伸びる長いホースとヘルメットのような被り物をしている他の住人たちの先頭に立ち、屈強な男達と共に莫大な水を溶岩に向けて放水する
凄まじい水蒸気が、ラシエルの姿を隠すほど周囲に立ち昇った
「わっ、ぅあっづ!!……ラシエル、何も躊躇いもなく……流石だ……」
まだ離れた所にいるリュドリカの元にさえ水蒸気の立ち昇る熱が伝わるのに、あそこにいるラシエル達はそれを遥かに上回る大熱が全身を覆っている事だろう
それを見て関心していると、後ろからトンと背中を叩かれる
「お兄ちゃんはこっち!早く!」
振り向くと、小さな女の子が身の丈に合わないバケツを二つを手にし、その片方をリュドリカに差し出してきた
「あっ、うん!俺に任せとけ!なんなら二つとも持ってやるから!」
ラシエルの勇姿に宛てられ、自信有り気に目の前の少女から水の入ったバケツ二つを受け取る
「ふぐっっ!!?」
とてもじゃない重さの水量に、リュドリカの両手はビクとも上がらずただ重力に従いバケツを丸ごと地に落とし盛大にぶち撒けてしまう
「あ~~!!もうっお兄ちゃん何してるのー!!」
もっと小さいの持ってくるから待ってて!と少女は頬を膨らませながら川に向かって駆けて行く
リュドリカは居た堪れない気持ちで眉を下げ小さな肩を更に竦めた
「うっ……分かってたけど……魔法のロッドを持った時に、この身体の貧弱さは……分かってたけど!!それでもあんな小さい女の子よりも力が無いなんて!!」
わあわあと忙しなく住民たちが溶岩の堰き止めに奮闘している中、自分の非力さを痛感しその場にしゃがみ込み項垂れる
するとまた、背後から冷たい声が呼びかけた
「おい、邪魔だ。そこで何してる」
声のした方を見上げると、先ほどの少女と同じぐらいの背格好の、今度は少年が立っていた
「ッ!」
ーーこの子は!!
リュドリカの目の前で冷めた視線を向ける少年
この国の里長の一人息子であるパイロという名の男の子だ
今回のストーリーにおける重要なキーパーソンになっている
「パイロ様!よくぞ無事にお戻りで!どうでしたか……やはり里長は……」
「……あぁ、ダメだった。やはり手遅れだった。でも安心しろ、オレが次期当主としての役目を担う」
なんとまあ嘆かわしい。パイロに近寄る老夫婦はそのパイロの言葉に酷く狼狽える
幼くして自身の両親をこの国の守護鳥に殺されたというのに、年相応に感情を乱すことを許されない立場に悲哀の目を向け息づいている
パイロはその影で顔を背けて顎で何か指示をした
すると隣にいた従者のような屈強な男が、その老夫婦の肩を優しく支える
「まだここは危険です。お身体に障りますから、あとのことは若い衆に任せてどうか中で休まれて下さい」
従者はそう言って、老夫婦を連れていく
取り残されたリュドリカとパイロは、無言でお互いを見つめ合った
「……。」
パイロの言った事は、嘘だ
二人の両親は死んではいない。……まだ
両親の後を追ってエンドルフィンの様子を見に行った際に、不死鳥から命令を受けたんだ
勇者を連れて来なければ、お前の両親の命は無い。解放して欲しければ、勇者を贄として連れて来い。と
パイロはその言葉に従い、そして民達にはわざと両親を殺されたと伝えた
勇者と両親の命を天秤にかけ等価交換をするだなんて、里の住民は納得しない筈だからだ
なので自身の側に仕える従者を除き、彼は里の皆を騙していた
パイロはリュドリカをジッと見つめたまま、喋らない
「…………。」
「…………?」
え……なんで無言なんだ……。
なんか凄く気まずい
パイロの視線は、座り込むリュドリカの腰付近に送られていた
「オマエ……まさか……」
「リュドリカさん!」
パイロが口を開いたとほぼ同時に、遠くからラシエルの大きな声が響いた
振り向くと息を切らせ汗だくのラシエルが、こちらに向かって走ってきている
「はぁっ、お待たせしました。もうあの溶岩は大丈夫みたいです」
「おーラシエル、おつかれさま!」
被っていたメットを粗末に投げ捨て地面にへたり込むリュドリカの手を掴み、優しく起こすと庇うようにパイロの前に立ち塞ぎ、警戒心を露わにする
「この少年は……?」
「えーと……」
「あぁ、悪い。まだ名乗っていなかったな。オレはパイロだ。この里の長を務める。オマエたちは……」
パイロはそこまで言い掛けると、口を閉ざし考え込む素振りを見せた
今度はよりあからさまにリュドリカの容姿をマジマジと見つめ、首を傾げ眉を顰める
「……旅の、者だな?今この国は見ての通りの有り様だ、不便をかける」
そして何事も無かったかのように急に態度を変えて、笑顔を向け話し始めた
「そうだ。折角の旅の余興に、オレの家へと特別にもてなそう。色々と準備をしたいから、また二日後にここに来てくれるか?」
「えぇ、いいの?そんな歓迎してくれるなんて」
パイロは意味有りげな薄ら笑いを浮かべる
「勿論だ」
「……わぁ、有り難いな」
適当な相槌を打ち、リュドリカはその提案を受け入れる
パイロはまた更に怪しく口角を上げた
俺は、その意図を知っている。
勇者を油断させもてなすためのご馳走と、その時に仕込む睡眠薬の調達に時間が掛かるんだ
しかし、だからといってこの誘いを断る訳にはいかない
リュドリカはこくりと頷き、パイロの罠にわざと掛かるフリをした
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