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第42話 使わない魔法
「な、なにかっ、魔法……っ」
ロッドごと巻き込んで身体にまとわりつくスライムの根っこが邪魔をして、不用意に使えば間違いなく自身の身がこれ以上に危ぶまれる
削られる体力と回復を繰り返し、スライムがみるみるうちに肥大し、縛り付ける力が強くなる
「うあ、お、おもっ……!」
重心を支えきれず、その場にへたり込む
これ以上時間が経てば、完全に身体に寄生され、乗っ取られてしまう
「あ、うぅ、ラシエルっ……た、助け……」
重さに耐え切れず地面に顔を伏して、縋る思いでその名を口にする
するとすぐに頭上から切迫した声が降り掛かった
「り、リュドリカさん!?大丈夫ですか!?」
「ッ!ラシエル!?た、たすけっ、コイツどうにかして!」
ゲーム内とは異なる、実際に目の当たりにした未知なる生物の生の感触に不快さと恐怖が押し寄せ、必死に顔を上げ涙を浮かべながら助けを求めるが、ラシエルは戸惑いを見せながら、その場で硬直してしまっている
「……。」
「……な、ラシエルっ!?早くっ、早く助けてってば!」
「っ!あっ、……は、はい!」
ラシエルは背中から聖剣を取り出すと、リュドリカの背後に回っていたスライムの目だけを突き刺した
すると弾力のあった液状の塊がドロドロに溶け地面に水溜りを作る
「うぅ、倒した……?何ですぐ助けてくれなかったんだよぉ」
「す、すみません……」
ラシエルはすぐにリュドリカの前に屈み込み、まだ身体にまとわりついたままの根っこの部分を引き剥がそうと聖剣を持つ手をそこに伸ばす
「あ……それはダメ。これ回復薬になるから……」
「…………。リュドリカさん……」
リュドリカはラシエルの伸ばした手をもう大丈夫だからと断り、渋々と身体にへばりつくハーブスライムの根っこと葉の部分を自身で取り除いてアイテムボックスに仕舞う
ラシエルは困惑したままの表情で、地面に転がるロッドを拾い上げた
「どうして魔法、使わなかったんですか?」
「……っ、えっ?えっと……」
突然の疑問を投げかけられ、言葉を失う
ラシエルはいつもそんな事を聞いてきたりはしなかった。
戦闘や旅の場面では勿論、魔法を使えば楽を出来るであろう様々な雑用の時でも、一切魔法の事については聞いて来なかったのに、どうして急にこんな事を尋ねてきたのだろう
リュドリカは何と答えたら良いのか分からず押し黙り、二人の間に沈黙が流れる
「あぁ、いえ、珍しくロッドを出していたので……」
神妙な顔をしていたラシエルはハッとし、戸惑い言葉を発さないリュドリカを心配そうに見つめ、ロッドを差し出してくる
「スライムは……あまり戦闘力は高くありませんが、俺のような物理の攻撃よりも属性魔法の方が効果は高いです」
「そ、そうなんだ……」
「知っていますよね?ハーブスライムが回復薬になる事は知っていたんですから。きっと弱点が目だってことも」
「ッ!」
カマを掛けられた
ラシエルが何の意図を持ってこんな事を聞いてくるのか心中が全く読めない
リュドリカは混乱し始め、更に額に冷や汗をかく
「魔法……わざと使わないんですか」
「……。」
使わない。では無くて使えない
そう口にしてしまえば楽なのに、何故だかその言葉を口にすることに躊躇いを覚える
みるみる内に顔を青くするリュドリカを見て、ラシエルは突然笑い出す
「……ふふっ」
「……っ、え、なに……?」
「いえ、貴方が余りにも可愛くて、つい」
「……へ?」
可愛い?一体何を言ってるんだ
青ざめた顔から一変して今度は疑問符を浮かべるリュドリカに、ラシエルはまたふっと微笑む
「だって、こんなに弱い敵ですら魔法も使わず俺に守られたいなんて、可愛いすぎですよ」
「なっ!?」
「それに、あそこまで肥大化して身体に纏わりついても抵抗しないのは……ちょっとエロかったし……もしかして俺は誘われているんでしょうか」
「ちっ、違う!!それは断じて違う!!」
この世界に触手プレイのようなエロゲ要素は一切存在しないが、端から見たらやはりああいう光景は勇者問わず全男子の夢が詰まっていたのかもしれない
ラシエルは都合良く勘違いをしてくれているおかげで、俺は逆にそれを逆手に取った
「違う、けど…………っ、……まも、られたい、かも……」
「ッ!」
ううっ恥ずかしい!男として守られたいは情け無さすぎるだろ……!
でもこれで魔法を使わない明確な理由に繋がる筈だし、何よりもその言葉を聞いたラシエルがとても嬉しそうにしている
「リュドリカさんは、俺の扱いがほんとに上手ですね」
ラシエルは俺の頭を撫でながらもちろんそのつもりですと微笑んだ
それを聞いて少しホッとする。これで俺が全く魔法を使わない理由が設けられたからだ。とても不可抗力な理由ではあるが
リュドリカはふうと溜息をついて残りのハーブスライムの根っこを仕舞う
ラシエルはその様子を傍目に、ボソリと呟いた
「……得意魔法だって、言ってたのにな」
何か言ったか、と振り向くリュドリカに笑顔を見せてラシエルは何でもありませんと爽やかに答えた
そして二人は再び、ゆっくりと時間を掛けカンナルへと歩みを進める
.
「おぉ……!遠目でも分かるぐらいにでっけえ!」
「ここまで随分かかりましたね」
その後、何日と歩き続け漸く次の目的の場所である迅雷の国、カンナルへと辿り着いた
リュドリカ達の何十倍もある大きな木が群れを成し、その迫力に圧巻する
「こうして見ると俺達ってちっぽけだよなぁ」
「ふふ、そうですね。リュドリカさんのは小さかったです」
「どういう意味だよ!?」
リュドリカはバシンとラシエルの背中を殴る
可愛いから良いじゃないですか、俺は好きですよとまた余計な事を言うからもう二発殴った
「いてて、それにしても……あの森の上空だけ、妙に空が曇っていますね」
カンナルの上空は、神獣ライダンによって常に嵐の状態が続いている
森全体が豪雨による浸水と落雷による樹木の破壊で、カンナルの被害状況は深刻なものとなっていた
勇者ラシエルは迅雷の国カンナルに辿り着くと、そこにナルマ族の一人が飛び出してきて勇者に助けを乞うが、警戒心の強いドワーフ種のナルマ族は、本当にライダンへと立ち向かえるかを計るために密かに試練を与えてくる
「もう少ししたら出てくるかな……」
「?……何がですか?」
すると突然、森の奥からガサガサッと何かが飛び出してくる
それはとんがり帽子を被り剛毛なヒゲを生やした小人だった
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