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第48話 家臣タツノオトシゴ
「これは……」
約6時間の飛行を終え、ラシエル達は海中帝国サファリア……の入江であるサファルトビーチに到着した
正確にはビーチに入るずっと手前の、標高の高い岬のてっぺんにいる。
崖に打ち付ける荒波が断崖を削り、飛沫が舞う。遠くに見える竜巻は、海水を巻き込みまるで巨大生物のように蠢いていた
ラシエル達は荒れ狂う海を眺め呆然と息を呑んだ
〈ここは湿気が多い。我は水が苦手だ〉
「……えっ、と」
あんな雷雨降らすのに嫌いなの?と、喉まで出かかった言葉を飲み込む
そういえばライダンと初めて出会った時、ライダンの周りだけは晴れてたんだっけ
「……ここの海はかなり荒れていますね。遠くに少しですが龍が見えます。何だか苦しんでいるような……」
「帝王レインガルロだ。魔王に操られてる。アレを助けないとこの海はずっと荒れたままだ」
リュドリカは岬からビーチに顔を向け辺りを見渡した
海の家を営む海人が、このサファルトビーチの何処かにいるはず
海人の実の正体は、水龍レインガルロの家臣のタツノオトシゴであり、普段は人の姿に扮していて、地上と海中帝国を繋ぐ橋渡しのような役目を担っている。
水龍はとても繊細な生物であり、自国に入国する人物を厳選する為にもシールドフィンを乗りこなす人物を選定し、尚且つその難易度は海人の匙加減となっていた
なので海人のお気に召さなければ、その難易度は底上げされ、篩いにかけられる
まあ勇者は主人公補正で即気に入られるから、そこは心配してないんだけど……
「どこにいるかなぁ……」
「何探してんの?」
「えーと、海人っていって……ん?」
聞き慣れない声にクセのある話し方
ふと隣に目を向けると、褐色の肌に長い白髪をオールバックに結び爽やかな笑顔が俺を見下ろしていた
「……なっ!?誰だ!」
最初に反応を示したのはラシエルだった
背中に手を回し聖剣を取り出すと、リュドリカを庇うように手を引き後ろに匿う
「わあっお兄さんいきなり剣なんか向けて物騒だね~横にいるお馬さんも、何だかバチバチなってて怖いよ~?」
あははっと楽しそうに笑う褐色肌の男は、特に身構える事なく俺達に目を向ける
「あっ……おいっラシエル!大丈夫だからっこの人は敵じゃないよ!」
「どうしてすぐにそう言い切れるんですか?突然現れたこんな怪しいヤツ……」
「どうしてもだ!早く剣仕舞えよ!」
ラシエルの背中から手を回し、聖剣を構える右手をぺしりと叩く
リュドリカの顔色を見てラシエルは不服そうに聖剣を下ろした
「えー?信用してくれるの?嬉しいなぁ、オレ、キミのこと気に入っちゃった」
ニコニコと笑う褐色肌の男は、一瞬の隙を見てラシエルの背後に回りリュドリカの両手を掴んだ
「オレ、カシミアって言うんだ。よろしく!キミは?」
「り、リュドリカ……」
「へぇ~可愛い名前!こんな大荒れじゃ無かったら遊びにでも行きたかったんだけど、後ろのお兄さんがめちゃくちゃ怖い顔してるから今回は止めとくよ!」
ラシエルは殺気立った視線をカシミアに向け、手に握る聖剣はギリギリと音を立て眩しく光る
その隣でまた、ライダンも背中のたてがみがゆらゆらと逆立つ
〈リュドリカに近付く不届き者が増えた……。もう我は我慢ならん〉
「わあぁ!?待って!二人とも落ち着いて!?な、なぁカシミアっ俺達あの水龍を助けたいんだ!」
焦ったリュドリカは早口になりながらそう言い、荒れた海に指を差す。するとカシミアは先程とは打って変わって表情が固まった
「水龍を、助けたい……?それ、本気で言ってる?」
深刻そうに声が低くなり眉を顰めるカシミアは、ふとラシエルに目を向ける。手に持つ聖剣をマジマジと見つめては、あっと声を出し、目を見開いた
「あ、あれもしかしてお兄さん勇者!?この子の護衛かなんかかと思ってたよ~!」
「そうですけど……」
「違うよね!?」
さも当たり前のように答えるラシエルにリュドリカは突っ込む
「今レインガルロ様があんなだから、このビーチに近付く人なんて滅多にいなくてさぁ」
カシミアはそこまで言うと、リュドリカを上から下まで見回し、その後にラシエルを一瞥する
「たまに怖いもの見たさで海に近付く金持ちのボンボンがいたりするから、注意も兼ねて様子を見に来てるんだよ」
「口説いてましたよね」
ラシエルは即反論しカシミアの言葉に訂正を入れた
「あはは~!オレなりの警告の仕方なんだよ。海から遠ざける為にね。まあ、この子だったらホントに遊んでも良いかな~」
カシミアは人懐っこくにこにこと笑いながらリュドリカに近づくのを、ラシエルは冷ややかな目付きで牽制しながら前に立ち塞がる
「ハァ、そういう冗談はいいから。俺たち、シールドフィンに乗りたいんだよ」
リュドリカはもうこれ以上面倒事を増やしたくないと、話を進めた
カシミアはこちらを見て、またアハハッと吹き出す
「そこの勇者のお兄さんならシールドフィンを乗りこなせそうだけどね~海は今こんな感じだし、万が一のこともあるから……キミは泳げるの?」
万が一というのは、シールドフィンの耐久値がゼロになり大破する事をいう
そうなった場合は、自ら泳いで陸まで上がらなければならない
これもスタミナ勝負で、切れるとゲームオーバーになってしまう
「泳げる!俺、泳ぎ得意だし!」
実は転生する前は唯一の特技は水泳だった。
小さい頃に習い事程度でやっていただけで、別に名のある大会に出場するレベルとかではないが、クラスでは一番を取るほどクロール、バタフライは得意だった
まあでも流石にこんな荒れた海では、この身体でその実力が発揮できるかは定かではないが……
「リュドリカさん……泳げるようになったんですか……?」
ラシエルはポツリとこぼす
その言葉は強風にかき消され、リュドリカの耳には届かなかった
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