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下波(したなみ)

「っあー、くそっ。」 今日は何故か上手く波に乗ることが出来ない。 「今日はもう帰るか?」 パドリングしながら寄って来た大和がそう言った。 「嫌だ。暗くなるまで居る。」 そう言って蓮もサーフボードの上に腹ばいになった。 あれから蓮は悠真と一言も話をしていない。怒っているとかそんな単純な話ではない。蓮自身にも説明のつかない気持ちが渦巻いて、どういう接し方をすればいいのか分からなかった。幾度目かの失敗の後、大和に一旦海の家に行こうと誘われた。腹も空いていたので焼きそばを食べようと思い、海から出た。 ■■■ 「よ、1週間ぶり。」 今一番蓮が会いたくない顔がそこにあった。座敷に座って焼きそばを頬張る蓮の横にその男は当然のように腰掛けた。 「蓮、誰?この人。」 そういう大和に颯太のほうが蓮より早く答えた。 「柊颯太って言うんだ。こいつの義兄(にい)さんの友達。よろしく。」 明るく笑う彼に、大和も悪い気がしないらしく、お返しに軽い自己紹介をした。 「大和、ちょっとこいつ借りて行っていい?」 「どうぞ、どうぞ。今日こいつ調子出ないみたいだから。あ、返さなくていいです。」 そんな調子で蓮の予定を勝手に決める大和に苛立ちながら蓮は水を一気に飲み干した。 ■■■ 連れて来られたのは近くの公園。あまりに暑いからか、通常なら誰かしらいるこの公園に、人影はなかった。公園には東屋のようなものがあって、その中に入り、日を避けて話をした。セミがうるさいくらいに鳴いていた。 「…で、何の用ですかー、せんぱーい。」 かなりやる気なさげにそういう蓮に颯太は笑顔を崩さずに言った。 「なんで悠真を避けてるんだ?」 どうやら悠真は颯太に相談したみたいだ。相談をされていたこと自体が蓮は不快だった。 「別に…避けてなんか…。」 そう目線を下げて言う蓮の耳に入ってきたのは通常よりワントーン低い颯太の声だった。 「お前、見てただろう。」 「は?何を…。」 顔をあげて蓮が見た彼は、いつもと違って誰にでも好かれる善人の顔をしていなかった。 「ただ見しといてしらばっくれてんじゃねえ。俺と悠真がキスしているのをだよ。」 そう言った男はいつもよりも威圧感があって、蓮は気圧されてしまった。 「あんなので無視するとか、お前童貞か?割と顔はいいのにもったいねえなあ。」 あからさまな揶揄に蓮がカッとなって言い返した。 「お前なんか男が好きなくせに、悠真なんかとやって童貞卒業したって羨ましくなんか1ミリもねえんだよっ!」 蓮がそう言うと颯太はいきなり真顔になった。 「男が好きで何か悪いのか?」 「え、だ…だって…。」 颯太の地雷を踏んでしまったことには気が付いたが、取り消したり、まして謝ることなど蓮にはできない。 「お前に俺や悠真が男が恋愛対象だってことが何か迷惑をかけているのか?悠真がお前に色目を使ったことでもあるのか?絶対ないだろう?」 蓮は何も言えずに黙った。セミの声がより大きくなりガンガンと蓮の頭に響いた。少し間を開けて颯太が言った。

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