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小波

「俺は自分がゲイだって分かった時、かなり絶望した。将来なんて大層なことはその時は考えなかった。俺の頭にあったのはもっと身近な今のことだ。」 颯太が腕組みをして外を向く。ここから見える海に浮かぶ島に視線はあっているものの、そこを見ているわけではないことは蓮にも分かった。 「俺にはきっと同級生達のような青春は送れないんだなって。」 そう言った颯太の横顔には、はっきりと寂しさが浮かんでいた。 「だってそうだろう?この国に明確なそういうコミュニティが一体いくつある?それに、そのどれもが大人向けだ。」 蓮は黙って下を向いた。顎を伝ってぽたりぽたりと汗が落ちる。颯太が蓮の方に顔を向けて腕組みをほどいて言った。 「大人になるまでにやりたいことはいくつもある。一緒に海に行きたい。祭りにも行きたい。水族館にも遊園地にも。制服を着て、スマホの待ち受け画面に二人で収まることも。それが、全部駄目なんだ。」 「別にスマホ以外は男友達とだって全部できるじゃないか。」 蓮はなんとなく悪いことをした気分だけは出てきて、気休めにもならなそうな事を言ってみた。 「友達は友達だ。距離感が違う。普通に遊びに行くだけじゃあな。俺を恋人だと思ってくれなくちゃ。手をつないだり、キスをしたり、そういう事だ。相手が女なら、どれも普通のことなのに。」 蓮は俯いたまま、上目遣いで颯太を見た。彼も目線を下に下げていたので目は合わなかった。 「そんな中であいつに会えた。俺にとっては奇跡に等しいことだった。」 彼は目線は下げたままだったが、そう言って微笑んだ。 「まあ、お前があいつにイラつく気持ちは…実は少しだけわかる。」 そう言って颯太は蓮を見た。蓮も顔を上げた。 「あいつはあの性格だから地味な印象だが、長い手足と小さな顔で実はスタイルが良いし、顔だって派手さはないが綺麗なアーモンド型の茶色い目が可愛い。」 可愛いと言う言葉に蓮が少し反応する。 「それなのに口を開けば“いいの?”とか“そんなの悪い。”とか消極的な言葉ばかり。最初に会った時は正直イライラしたからな。」 そうなのだ。きっとあいつは誰の事もいらいらさせるのだ。蓮だけじゃない。そう蓮は心の中で同意した。 「自分の意思って奴があるんだかないんだか。見た目は本当に俺の好みなのに、なんでああ中身がちぐはぐなんだ、…と。」 ああ、そうなのだと蓮も少し腑に落ちた。蓮も悠真のそういう所が嫌いなのかもしれないと、心の中で一人納得した。 「だけど、あいつのことを知っていくと、あいつは別に自分の意思がないわけじゃなかった。人を優先してしまうだけだ。あいつの親との関係もその一因なんだろうな。」 知ったように語る颯太の頭を叩いて黙らせてやりたいと蓮は思った。 「俺はあいつに“楽しい”とか“好きだ”ってことを教えることにした。今のあいつは俺にぴったりはまる。」 そこまで言うと、颯太は蓮にしっかり目線を合わせて言った。 「ようやくここまで来たんだ。俺の邪魔をするな。あいつの頭の中にいるのは俺だけでいい。」  その表情は真剣で、蓮は、颯太が思ったよりも悠真に惹かれているのだということを理解した。 「ガキみたいにあいつと話さないとか、あいつを無視するのをやめろ。」 そこまで聞いて言われっぱなしの蓮は何か言い返したかったのだが、上手く言葉が出てこない。そんな蓮を見て、気が済んだのか、颯太が東屋を出ようと石段に足をかけ、ふと立ち止まった。颯太はにやりと悪い顔をして言った。 「…それとも、別の何かがあるのか?」 「なんだ、別の何かって。」 蓮がそう言うと、颯太は蓮に近づいてきて耳元で囁いた。 「お前も俺と同類…とか?」 「んなわけねーだろっ!」  振り回した拳は簡単にかわされた。そのまま大声で笑いながら颯太は東屋を後にした。 あいつらと同類だと?俺は彼女も居たんだぞ。俺は絶対違う。俺は女が好きだ! そんなことを思いながら蓮は荷物を置いてある海の家に戻って、大和に八つ当たりすることを心に決めた。

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