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余波

「花火大会?」 蓮は頭をタオルで雑に拭きながらそう言った。 今日は蓮の家に大和と七海が来ていた。皆サーフィン帰りで髪はまだ湿っていた。 「今年はお前、(あおい)と行くんだろう?」 大和が蓮を肘で小突いてからかう。 「じゃあ、今年はお互いに他の子も呼んで大人数で行こうか。」 七海は大和にそう言った。 「あ、悠真先輩も今年は一緒に行きませんか~?花火大会~!」 階段を降りてきた悠真に七海がそう誘ってみた。 「僕は…もう先約があるから。」 すかさず七海が生き生きとした表情で聞いた。 「え、誰ですか?彼女ですよね?どんな人ですか~?なんか悠真先輩からそういう話聞くの初かも~。」 「俺は清楚系彼女だと思う。ワンピースを着て、髪は黒髪ロングだっ!」 そう言って茶化す2人に向かって悠真は苦笑いをしながら、 「友達だよ。」 そう言ってアイスコーヒーのペットボトルを冷蔵庫から取り出した。  あの後、蓮は颯太の言う事を素直に聞いたわけではないが、とりあえずは普通に話をするくらいにはなった。苛ついてもなるべく無視する状況を長引かせるのをやめた。蓮が態度を和らげたら悠真は蓮にもよく笑うようになった。蓮もだんだんと悠真に苛立つことは少なくなった。だけど、颯太の最後に言った言葉がいつまでもちらついて、蓮はまた葵という彼女をつくった。  着付けは大和の母親がやってくれた。 「すみません、僕まで。」 悠真は無地の薄いグレーの浴衣を着つけてもらい、申し訳なさそうにそう言った。 「何言ってんのよ。大和から聞いたわよ。初彼女とデートなんでしょう?男だって気合入れて浴衣でいかなきゃあ。」 「…友達です。」 蓮は、そう言う悠真を目で追ってしまうのが嫌だった。 「ねえ、ねえ、これどう?可愛いでしょ?」 七海は白地に大きな向日葵の模様が幾つも入った派手めの浴衣を着てくるりと回って見せた。黄緑色のふわふわした素材の帯が今っぽさと可愛らしさを醸し出している。 「お、良いじゃねえか。浴衣着てたら2割増しって本当だな。」 そう大和がいつも通り茶化すと、母親にすかさず言われた。 「馬鹿っ、大和っ、女の子が浴衣を着ていたら何でもいいから誉めるの!褒め一択なの!今年も彼女できないでしょ?私、今年の夏こそあんたが家に彼女連れて来るのを待ってるんだからね!」 「んなもん待つなよ。彼女なんかなあ、蓮みたいにほいほいできるもんじゃねえんだよ。」 そんな大和と母親の会話を聞いて七海は大笑いしていた。  悠真が不意に蓮を見た。 「なんだよ。」 「似合うじゃん。」 そう言って悠真がにやりと笑う顔にすら心臓が軽く跳ねる。蓮はむかついて悠真のセットされた髪をぐしゃぐしゃにして大和の母親に怒られた。  チャイムが鳴って、悠真が玄関に急ぐ。入ってきたのはやはり颯太だった。紺地に白く縦じまが入っているだけの一見するとシンプルな浴衣もこの男が着るとなんだかお洒落に見えるから不思議だ。 「あら、本当に友達だったのね。まあ、お友達も浴衣だし、これはこれでいいか。それにしても大和…あんた…なんか可哀想ねえ。」 「親が言っていい言葉じゃねえぞ。母さんと父さんの子供なんだからよくできたほうだぞ!?」 大和はそう言って母親にシメられていた。 「なんだ、柊さんだったんだ。だったら猶更2人も一緒に回って欲しかったな。」 そう拗ねる七海に颯太はいつもの王子様スマイルをつくって言った。 「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今日は悠真と回るって2人で結構前から決めていたから。」  顔を見合わせてそういう2人を見ていると、蓮の心にいつもの黒いもやが広がる。悠真は蓮を見てそんな顔をしない。普通に笑う、軽い冗談も言うようになった。でもそんなに幸せそうな顔はしない。なんとも言えない苦味をかんじた後のような不快な気持ちを振り切るように、蓮は足早に家を出た。

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