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波風

「わあ、浴衣だ。恰好いいねえ。」  そう言った葵は紺色の生地に金魚が泳ぐ柄の入った浴衣を着て、可愛らしく笑った。  海岸からみる大きな花火が有名なこのイベントは、とにかく人が多い。蓮は葵と離れないように葵の手を強く握った。日中の熱を吸収した砂浜はじりじりと蒸すように熱いが、2人は気にすることなく幾つかの屋台を回った。りんご飴を手にした葵の姿はやはり可愛らしく、蓮は自分はまともな人間なんだと少しホッとしていた。  花火が何発か上がって、次の花火がひゅるりと打ちあがる瞬間を見計らって蓮は葵にキスをした。葵は夢見るような瞳で蓮を見た。色とりどりの花火の光が葵の白い頬に映る。花火が上がる瞬間にキスをすれば、大抵の女は落ちるだろう。これでいいのだと蓮は頭の片隅で思った。葵の唇は柔らかく甘い、蓮はこれが女の子とのキスだと実感する。ちゃんと気持ちいい。自分は大丈夫だと、まともなんだと蓮は心の中で自分に何度も確認した。帰る途中、蓮は葵を家に誘ったが、葵はそれは断った。親に帰るように言われているから…と。蓮は、まだ早かったかと心の中で軽く反省した。  家の扉を開くと、部屋の中は暗く、蓮は手探りでスイッチを探した。むわりとした蒸し暑さにたまらず足早に家の中に入った。冷房を入れて、製氷室から、がらりがらりと氷をコップに詰める。それを手にして水道の蛇口を強く捻った。一気に満たされたそのコップの中身をぐびぐびと飲み干し、一息つくと、ようやく、冷房から涼しい風が出てきて、うっすら湿った頭を乾かしていく。 「まだ帰ってないのか。混んでたからな。電車一本遅らせたのか。」 蓮はそう独り言を呟いて、風呂の準備をしにバスルームへ向かった。  蓮が風呂から上がってもまだ悠真は帰っていなかった。スマホを見ても連絡はなかった。今どこにいるのかとメッセージを送ったが、既読にはならなかった。蓮は、家の鍵を手に取った。別に悠真は男だし、颯太が一緒だし、心配なことなんて何もない、ちょっとコンビニに寄りたいだけだ。そんな謎の言い訳を自分にして、家を後にした。  しばらく歩いて、角を曲がろうとしたら馴染みのある声がした。おそらく悠真と颯太だろうと推測できた。顔だけひょいと出して覗いてみると、やはり悠真と颯太だった。 なんだ、やっぱり帰ってきていたんじゃないかと蓮がきた道を戻ろうとした瞬間、 2人が抱き合ってキスをした。悠真はするりと颯太の首に腕を回しているし、颯太は悠真の腰に手を回していてその距離感は以前より近くなっているように思えた。どくりと心臓が震えて、蓮は足早に来た道を戻った。  どうかしている、自分だって葵としていたことだ。なのに何故今自分はこんなに吐き気がする程苦しいのだろう。そんなことを思いながら蓮は走り始めた。この苦しさを振り払いたかった。

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