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波瀾(はらん)☆

 悠真はドアを開けた瞬間にひんやりとした空気を感じて蓮が先に帰っているのだろうと推測した。 「蓮~、ただいま~。人が多くてちょっと遅くなった~。」 そう言いながら悠真は黒いスニーカーを脱いだ。ダイニングに入ると、椅子に腰かけた蓮が居て、悠真は少し驚いた。蓮は自室に戻っていると思っていたからだ。 「蓮は終わってすぐの電車に乗れたのか?」 そう聞いても蓮からの返答はない。悠真は蓮が何か怒っているのだろうとは思った。けれどもそれはいつものことなので、悠真は蓮の横を通り、キッチンの奥にある冷蔵庫に向かった。冷蔵庫を開けながら、 「どうした?葵ちゃんと何かあったのか?」 そう聞いてみた。悠真には他に蓮が怒りそうな心当たりはなかった。 「お前、颯太が好きなんだろう?友達じゃなくて。」  いきなり予想外の言葉を聞いて悠真がぴたりと動きを止めた。そしてまじまじと蓮を見た。絶望と恐怖が入り混じったような表情だった。 「そんなわけな…。」 「見ちゃったんだよなー、俺。今お前と颯太がいちゃついてキスしてたとこ。暗がりだからって、ちょっとは場所考えろっつーの。きめえ。」 悠真が唇を引き結んで俯いた。その姿にすら蓮は苛立ちを覚えた。ずんずんと悠真の元に大股で近づく。悠真は下を向いていたので、蓮の動きに気が付かなかったらしく、いきなり隣に居た蓮を認識すると、その肩は軽く揺れた。蓮の方を向き直した悠真は冷蔵庫に背を向ける形になった。蓮はそれでも悠真との距離を詰めた。悠真の目が泳いだ瞬間に蓮は言った。 「お前はあの女にそっくりだ。魔女みたいに男を食って生きるんだ。俺の事も食ってみるか?」 そう言って蓮は悠真に覆いかぶさるようにキスをした。不意を突かれたのだから当たり前だが、悠真の前歯がかちりと当たった。蓮はそれに構わず悠真の歯を舌で押し開くように中に入って、悠真の舌を貪った。始め、ぎこちなく動いていたその舌は、次第に蓮を求めるように動いた。蓮はその動きが、慣れているように感じて苛立ちがさらに募ったが唇を離すことは出来なかった。 長いキスの後、視線を合わせた悠真の目は潤んでいた。その目に欲を煽られて、もう一度キスをしようと体を近づけると、足に固いものが当たった。いつの間にか悠真の足の間に割入るように入っていた足に当たっていたのは悠真のものだった。 「勃ってる。」  蓮は馬鹿にしたかったわけじゃなかった。本当にふっ…とその言葉が口をついてでただけだった。悠真は真っ赤になって蓮の右肩を強く押した。そのままするりと逃げようとする悠真の腕を蓮は掴んだ。振り向いた悠真の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。謝らなければいけない、瞬間的にそう感じたが、悠真が先に口を開いた。 「なんで?お、俺が颯太を好きなのは、蓮が葵ちゃんを好きなのと同じなのに、なんでそこまで言われてこんな事されなきゃいけない?なんでからかうみたいにっ…!」  そう言って悠真は動きの止まった蓮の腕を乱暴に振り切って階段を駆け(あが)るように(のぼ)った。大きな音を立てて閉められた扉から悠真の泣き声が聞こえた。すすり泣くような声になってから、蓮は意識を取り戻し、そろそろと階段を上った。 「悠真、ごめん。俺が悪い。ごめん。もう何もしない。ごめん。ちゃんと謝らせてくれ。」 すすり泣く声は止まらず、扉も開かない。  蓮はどうしたらいいのか分からなかった。はっきりと悠真を傷つけたという事実が蓮の心をぎりぎりと痛め付けた。

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