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暗潮(あんちょう)
その日冷蔵庫を開けた蓮は昨日買ったジェラートアイスがまだ残っていることを確認して肩を落とした。アイスには付箋がついていて、『悠真用、食え。』と短く蓮の字が書いてあった。
悠真と顔を合わせなくなってから、もう3週間程になる。
蓮はわざと大きな足音を立てて、階段を上った。
「悠真、いい加減にしろよ!悪かったって言ってるだろう!」
蓮はそう言って拳を作ってドアを大袈裟に叩いたが、悠真からの返答はなかった。
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「…で、なんで俺なのー?俺、お前嫌いなんだけどー。七海ちゃんの頼みじゃなかったら会いたくないんだけどー。」
そう言いながらハンバーガーを頬張る颯太を蓮は目を細めて睨む。自分が奢った肉厚のでかいハンバーガーをバクバクと食べながらそんなことをいう颯太に苛立ちは募ったが、今、彼以上に頼れる人間が蓮には思いつかなかった。
海水浴客でごった返すこのシーズンは、とにかく人が多く、蓮がいつも行く海の家では静かに話が出来なかった。なので、蓮はコーラルヘヴンの近くにあるこのマリンダイナーという店に颯太を呼び出した。
「…悠真の様子が知りたい。俺とは顔を合わせてくれないから。」
颯太が肘をついて呆れたように言った。
「お前本当に何したんだよ。言っておくけど悠真は何も言ってない。ただお前を避けてるのはなんとなく俺にも分かる。玄関が開く音がしたら部屋から出ないようにしているし。」
それを聞いて、本当に避けられているのだと実感し、蓮はやはり落ち込んだ。
「どうしたのか聞いてもちょっと喧嘩しただけだっていうけど、悠真のほうがこの状況を長引かせてるのは明らかにおかしいからな。またお前が余計なことをやったんだろう?」
何も言えない。蓮だって流石に自分が100%悪いことぐらい分かっていた。颯太に自分が何をしたのかばれたらボコボコに殴られるだけでは済まないことも分かっていた。しかし、この後の颯太のセリフは蓮にとって予想外だった。
「まあ、仲良くしろよ。あと1年半…ちょっとかな?そうしたら悠真はあの家を出て行くんだからさ。」
「は?」
何を言っているのだろうと思った。蓮の頭が理解することを拒否したように真っ白になった。
「聞いてないのか?悠真、県外の大学を受けるんだ。そこが受かったら当然そっちで暮らすんだ。お前もよかっただろう?嫌いな悠真とお別れできて。それまでの間くらい悠真に優しくしてやれよ?」
悠真が居なくなる。
その話はあまりにも突然で、蓮は暗い月の出ない夜の海に放り投げられたような、そんな気分になった。
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