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 蓮が家に帰ると、蓮のものよりも一回り小さい黒いスニーカーが左端に揃えて置かれていた。悠真が帰っていることを認識した蓮は悠真の部屋の前に座って悠真が出てくるのを待った。どれくらいの時間が経ったのだろうか、ゆっくりと警戒するかのように悠真の部屋の扉が開いた。悠真は扉のすぐ傍にしゃがみ込んでいた蓮に驚いた。逃げようとしたその手を蓮が掴んだ。その手がいつもより弱々しく感じ、悠真は不思議に思い足を止めた。 「行くな。俺を置いて行くな。」 顔を腕に埋めてそういう彼が何についてそう言っているのか悠真には分からない。悠真は同じようにしゃがみ込んで蓮に聞いた。 「どこに?」 「県外の大学。行くんだろう?颯太に聞いた。」 ああ、進路のことを言っていたのかと悠真は納得した。そして蓮が一人になるのが怖いのだろうということも理解した。蓮も父親に捨てられているのだから、それは当然だ。自分が母に捨てられたように。そんなことを思ったら、悠真にはその手を振り払うことは出来なかった。 「蓮、俺、眼科医になりたいんだ。」 蓮が顔を上げる。その顔は悠真が今まで見たこともないくらい頼りなさげで、子供のようだった。 「その為に行きたい大学が県外にあるから、ここにいることはできない。」 目線を下げる蓮に悠真は続けて言った。 「だから、蓮も来ればいいよ。こっちの大学を受けてさ。」 蓮は目線を上げて悠真をみた。蓮が久しぶりに見た悠真は笑っていた。 「あっちで一緒に暮らそう。少し広めの部屋を借りて。」 その悠真の言葉に蓮の心は一気に浮上するが、絶望に突き落とすのもやはり悠真の言葉だった。 「今度は颯太も一緒に3人でさ。」 ■■■  波の音がささやかに聞こえる。蓮は一人砂浜で胡坐をかいていた。目の前に広がるのは薄ぼんやりとした闇。ぼうっとどこを見るでもなく、蓮は一人考えを巡らせていた。  そうだ。あいつの傍にこれからも居るということは、悠真と颯太が一緒にいる所をずっと見続けなければいけないということだ。大学生になっても、社会人になってもあいつの一番傍にいるのは颯太だ。そのことで、何故こんな胸を締め付けられるような気持ちになるのだろう。普通じゃない。普通じゃないけど、俺は悠真のことが好きなのかもしれない。最悪だ。気が付いた所でどうすればいい?俺はあいつに欲をもって触れることは一生できない。  それが俺には耐えられるのだろうか。それとも長い時間の中のどこかで折り合いをつけて普通の義兄弟みたいになれるのだろうか。いつかこの気持ちが失われていくのだろうか。  夜の海は凪いでいた。蓮の心の内の問いに答えるものはなく、ただぼんやりと黄色く浮かぶ月だけが蓮を照らしていた。 ■■■ 「あ、蓮、明日颯太来るから。また部屋にいるとは思うけどよろしくね。」 「おう。」 そう言って、悠真は珈琲を入れて、隣に立った蓮はポトフを温める。トースターからはふんわりと小麦の香り。いつもの朝。 「そういや、あいつ…。」 そう言って悠真の方を向いた蓮の腕がふいに悠真にあたると、悠真の肩がびくりと跳ねる。 「…悪い…。」 「ううん。颯太がどうかした?」 ぎこちなさはやはり若干残る。しかし、それは蓮が悪い。仕方がない。蓮もそれは自覚していた。これから蓮の気持ちがどうなるのかは分からないが、悠真のことを好きだと思うなら、変な嫉妬や捻くれた感情で悠真を傷つけることだけはもうやめよう。ちゃんといい義弟(おとうと)になろう。蓮はそう思いながら沸々と煮立った鍋を見つめた。

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