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穏波(おんぱ)

 季節は移り変わり、むせかえるような暑さが若干和らいで来た頃、また悠真は顔を出した。その日は悠真は泊っていくらしく、リュックを手に2階に向かう。蓮はキッチンで珈琲を入れた。マグカップを1つ硝子のテーブルに置き、もう一つを手にして蓮は窓際に立って外を眺めた。ダイニングテーブルとは別に設置してあるこの低い硝子のテーブルの側には白いソファがテーブルを挟んで1つずつ並んでいる。ここから眺める外の景色が蓮のお気に入りで、七海や大和とはよくここで勉強をしている。大きな窓が壁1面に設置されているこの場所は季節の移り変わりを感じるのに丁度良く、蓮は今日も庭で色づく木々達をぼうっと眺めながら珈琲に口を付けた。直じきに悠真がやってきて、蓮に話しかけた。 「はい、これ。受験生の必須アイテム。」 そう言って悠真に渡されたのはでかでかと合格祈願と書かれたお守り。 「ああ、颯太と旅行だとか言ってたな。ついでに祈られてもなあ。」 そう蓮が言うと、悠真は若干怒ったような顔で言った。 「ついでじゃないよ。ちゃんとそのお守り買う為に神社に行ったんだよ。あと、その神社でお賽銭入れてお願いもしてきた。真剣にね。」 「まあ、貰っとく。ありがとな。」 少し笑ってそう言った蓮は素直にパーカーの前ポケットにそれをしまった。  それを見て機嫌を良くした悠真がソファに腰掛けて、マグカップを手にして一口すする。少し間が空いた後、悠真が言った。 「ねえ、蓮、そっちにお義父さんから連絡はあった?」 いきなり父親の話になったので、すぐに反応出来ず、蓮は少し間を開けて言った。 「いや?何も。あ、受験のことは流石に話したけど。電話でな。何かあったのか?」 悠真は少し言いにくそうに話を始めた。 「ううん。お義父さんじゃなくて、お母さんとこの間会ったんだ。」 蓮は悠真の母親を思い出したが、どう見積もっても大学生になったからと言って悠真に関心を向けるようなタイプではないので、このタイミングで悠真に会いに来た事は意外だった。 「遅いけど、入学したお祝いかなと思ったんだけど、全然違って、あの人らしいけどね。」 僅かに口元を歪めた悠真はどこか諦めたように言った。 「大学までで縁を切るって言われた。一応入学おめでとうとは挨拶程度に言われたけどね。だから、蓮の方にも何かそう言う話が出てたりするのかなって思って。」 「いや?一応受験シーズンだから気い使ってんのかな?でも、俺の方もそんな感じだと思うぞ。進路のことだって何も言わねえし。まあ、今更あいつらが俺等に何か親らしいことをするなんて期待してねえけどな。」 それを聞いた悠真は少し下に目線を逸らした。 「そっか。あ、ごめん。こんな話受験シーズンにしちゃ駄目だったね。」 申し訳なさげにそう言う悠真を慰めるように蓮も言った。 「別にそんなことで動揺したりしねえよ。あいつ等にはほとほと愛想が尽きてる。」 そう言って悠真とは反対側の白いソファに大股開きで座った蓮を見て悠真が言った。 「なんか、大人になったね。蓮。置いて行くなとか言ってたくせに。」 蓮はそのことを話題に出されると今でも気恥ずかしく、少し顔をしかめた。 「…その話は忘れろ。お前だって、もっとわーわー泣くのかと思ったけど意外と冷静だな。」 「うん、なんとなくそんな日が来るような気がしてたのもあるんだけど…。」 悠真は蓮に向かって微笑んだ。 「蓮のおかげだと思う。」 蓮の心臓が軽く跳ねた。 「蓮が居たから、俺は寂しくなかったよ。だから、これからもきっと大丈夫。」 そう言う悠真を見て、蓮も素直に言った。 「そうか。そうだな。俺もそうかも。」 今度は蓮が悠真に向かって微笑んだ。 「お前と会えたのはよかったよ。」  蓮がそう言うと、悠真が満面の笑みを見せた。  悠真と出会ったことは蓮に苦しみを与えた。けれど、紛れもなく喜びも与えた。悠真は、蓮に、人を愛するということを教えてくれた。悠真と会えてよかった。それは蓮の心からの本音だった。

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