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第3話 金護竜族の子ども

 豪奢な馬車に、街のヒトが口を開けて通り過ぎていく中、フリーはそろそろと近寄る。 「こここ、こちらのほっぺ(お子様)は……? 一体?」  お子様をほっぺと言うな。本当に頬しか見てねぇなと、ニケはキミカゲの足の後ろに隠れる。自分と同い年くらいの外見だろうと竜が怖いのだ。子どもだとか関係ない。なのに平気で近づき挨拶している白髪を、引きながらもちょっと尊敬するニケだ。 「じ、じじ、自分はフロリアと申します……フロリアです。はあはあ。きみ、カンワイイね……。はあはあはあ。あ、握手しよっか……? こ、怖くないよ? うへへぐへへ」  涎を垂らしていて真剣に怖い。僕はあいつのどこを好きになったんだと、こういうときに疑問を抱く。  第三者視点でなくとも不審者だなぁ。一発引っ叩いてくださいと思うも、金護竜(きんごりゅう)の子ども、クリューソスマキスデンは意外にも握手に応じた。 「お初にお目にかかります。わいはクリューソスマキスデン。クリュ、で良いですよ?」  子どもらしいソプラノボイスにしっかりした挨拶。甥っ子の教育にキミカゲが感動していると、 「あああああああっ!」  フリーが手首を押さえて喚き出した。地面に倒れ、しゃちほこのようにのけ反っている。 「おや。これはすまんです」  クリュはぱっと手を開く。  心配げに駆け寄ったニケはフリーの背中の上で正座する。 「おいっ。どうした?」 「て、手が……。ひしゃげるかと思っ……」 「ああ……」  ニケは呆れて半眼になる。  子どもだし、まだ力加減が不得意なのだろう。幼竜でも握力がワニの嚙む力に匹敵するとか。フリーの骨が粉々にならなかくてよかった。これ以上治療費がががががが。  クリュは地面から動かない白髪を興味深そうに撫でる。 「どう見ても変質者だったんで。力が入っちゃったです。お父上から不審者は見つけ次第排除しろと許可を得ているもので?」  ――フリーは僕の物だぞ。勝手に触るな!  と言いたかったが、すくんで声が出なかった。逃げるように遠ざかると、「むむむ」と眉間にしわを寄せながらキミカゲを盾にする。  キミカゲはクリュと目線が合うようにしゃがむ。背中が目の前に来たので、ニケはよじ登る。 「あの子は全く……。排除ではなく追い払うくらいにしなさい」 「お父上以外のヒトの命令は聞かんです」  ぷいっと顔をそむけるクリュに、おじいちゃんは金髪と白髪を撫でる。  クリュは嫌そうにその手を払いのけた。 「子ども扱いは駄目です! わいはお父上のように強く逞しく、キャッチ様のように狡猾で最高にずるい。そんな大人になるです」  キイキイ騒ぐクリュの両肩に手を置き、キミカゲは真剣な顔つきになる。 「オキンは良いけど、キャッチ君を憧れにするのはやめなさい」 「……う?」  おじいちゃんの真面目なトーンに、幼竜は金目をぱちくりさせる。 「なぜです?」 「いや、だってキャッチ君だし……。キャッチ君はやめとこう? だってキャッチ君だし……」  言いながらどんどん項垂れていく。  他にも赤髪の女性やホクトやミナミ。有能で優秀な人材で溢れているのに、よりにもよってなぜキャッチなのか。あの子の二つ名を知らないのだろうか。  キミカゲでもあの子の性格は「かわいくねぇなぁ……」と冷めた目で見るくらいなのに。こんな気持ちになるの、あの真正外道くらいなものだと思っていた。  二つ名を知ったうえで言っているのなら、甥っ子の教育が心配になる。  クリュはキミカゲの手を払う。 「何を仰ってるか分からんです! 勝手にこんなところに連れてきてぇ! キミカゲ様じゃなかったら排除してるです。このことはお父上に言いつけますからね」  ドゴンドゴンと半端ない地団太を踏むお子様を、倒れているフリーとおんぶされているニケが「かわいいなぁ」「生意気やなぁ」と思いながら見つめる。  震度二くらいだろうか。 「あああっ。ストップ、ストップ!」  このままではボロいくすりばこが倒壊しかねない。慌てたキミカゲが抱き上げようとクリュに手を伸ばす。イラついた幼竜はその手を乱暴に払いのけようとして拳を握り―― 「こら。キミカゲ様に無礼を働いても構わんが、傷つけることだけは許さんぞ」    背後に立った存在が、クリュの振り上げた手首を掴んでいた。  幼いとはいえ、竜の背後などとれるものではない。クリュは目を剥いてバッと振り返る。赤い髪をなびかせた女性が自分を見下ろしていた。  キミカゲとクリュの声が重なる。 「「ペポラ君(様)……」」    ホクト達と同じ黒い羽織に、セクシーな口元の黒子(ほくろ)。オキンに古くから仕えている蛇乳(じゃにゅう)族・レオペポラである。  顔に鱗がない分、着物の下にびっしりと張り付いており、防御力が高い。そのためクリュに身の守り方を師事している、クリュにとって頭が上がらない人物である。  師の登場に、幼竜は顔を真っ青にする。 「はわ……はわわ……」  手を伸ばした姿勢のまま、キミカゲはペポラの足元に視線を落とす。そこでは、影が不自然に波打っていた。闇の民・泥沼族の力――影に飛び込み、他の人の影へ瞬間移動する――でクリュの背後に現れたのだろう。背後を取れた理由が分かった。 「あうあう」  姉が弟を叱るように、クリュの頬を摘まんでぎゅいぎゅいと伸ばす。それをフリーは涎を垂らしたまま眺めていた。  ペポラはクリュを伸ばしたまま、キミカゲに蛇に似た瞳を向ける。 「お怪我はありませんか?」 「う、うん。怪我はないからそろそろ放してあげて」  素直に手を放す。伸びきっていた頬肉がぱちんと戻り、クリュは金色の眼を潤ませて頬をさする。 「ああ~」  涙をこらえ、赤髪を見上げる。 「いじわるでしゅ。ペポラちゃま、ひぐっ」 「あのな、クリュ。オメーの父上や俺だってキミカゲ様の顔面に膝叩き込みたいのを、口内炎を噛み砕きながら我慢してるんだ。人生には、我慢しなくてはならない時と場合がある」  長い髪を払い、ペポラはため息をつく。 「つーか、お前はまずその泣き虫をなんとかしろ」 「うっ……。泣いてない、ですっ」 「で? 無断で車とクリュまで持ち出して。どういう了見だ?」  ペポラは犯人が誰か分かっているようで、言いながらもしっかりとキミカゲを睨んでいた。  おじいちゃんは笑顔で両手を振る。 「馬車が必要だったから拝借しちゃった」 「おい。それなら一言……なんで一言言えないんだこのジジイ……」  握りしめた拳がミシミシと音を立てる。  怒りで赤い毛が逆立ったように見え、クリュは車の後ろに、ニケはフリーの着物内に隠れた。  おじいちゃんは気にした風もなく、のんきに顎に指をかけて目を閉じる。 「いやぁ。誰もいなかったから。でもちゃんと張り紙はしておいたよ?」  ペポラが感情のない瞳で頷く。怒りが一周した者の目だった。 「そうだな。『車とクリュ君を借ります』って阿呆なこと書いてあったから、誘拐かと思ったわ。泥沼を揺すりまくって探させたわ。ふざけんな」  前後に揺すられすぎて泥沼が泡を吹いていないか心配である。  というか、よく車とクリュを持ち出せたものだ。竜が誘拐されるわけないだろと頭では分かっていても、おしめを変えて成長を見守っていた母親代わりとしては、気が気ではなかった。泥沼が「くすりばこ前にいる」と教えてくれた時は純粋に殺意が湧いた。  ペポラは車の裏に回ると、腰を曲げてクリュを見下ろす。けっしてしゃがんで目線を合わせようとかはしない。 「……じゃあ、クリュ。言いたいことはあるだろうが我慢して運んでやれ」  クリュは転びかけた。 「あ……。キミカゲ様をお叱りくださるとかでは、ないんです?」 「それはオメーの父上の仕事だ。お前は帰ったらオキンに愚痴を言いまくれ。そして……」  疲れたように重い息をつく。 「このジジイのことは災害か何かだと思って早めに慣れろ。諦めろ。言う事はなるべく聞いてやれ。でも手は上げるな」 「そ、そんなぁ。理不尽です」 「理不尽と書いてキミカゲと読め。このジジイは理不尽が白衣を着ていると思って諦めろ考えるな」  それだけ言うと、キミカゲに軽い挨拶をして徒歩で帰って行った。影の中でスタンバイしていた泥沼が慌てて後を追いかける。黒い水溜まりが動いているように見えて、驚いた街の人が踏まないようにと片足を上げていた。  ぱかーと口を開けて師を見送っていたクリュだが、はっと我に返る。 「……ペポラ様に言われては仕方ないです。首都まで送ってあげるです」 「わあい。ありがとうクリュ君」  幼竜は不満たらたらと言った表情だが、キミカゲは遠慮なくフリーたちの荷物を車に詰め込み始めた。

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