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第20話 第三形態

 協力者を得たフリーの行動は素早かった。  布団に寝かせたニケをスミに任せると、フリーは単独で犯罪組織のアジトへ乗り込んだのだ。犯罪組織に一人乗り込むと聞いた時は、スミはこの白い人アホなのかなと思いつつも、場所を教えてくれた。  十二区の大きな犯罪組織といえば「百合華(ゆりか)」と「ジャバウォック」だ。 『このふたつは何年も前からばちばちにやり合っている。君がぶつかった男の特徴を聞くに、「ジャバウォック」の幹部だな。一度見たことがある。紳士っぽく着飾っているが、魂からドブのにおいがした』  辛辣な評価をしつつ、ニケを昏倒させた光を放った人物については知らないとのこと。 『そもそも「百合華」は女性しかいない。幹部の男と争っていた風なら、「百合華」が雇った者か、はたまた別の組織の者か』  その辺は「百合華」と「ジャバウォック」に訊くしかない。  フリーがまず向かったのは、十二区の旧豪商邸を根城にしている「ジャバウォック」。抗争中ということもあり、周囲には武装した若い衆が見回りをしている。物々しい警備からすぐにここだと判別できた。  真っすぐに突っ込んでくる白い青年に、「ジャバウォック」の構成員は素早く武器を抜き、口々に叫ぶ。 「何者だ! 近づくな。ここをどこだと思っている!」 「止まれ。まあ、止まらなくてもここに来た以上、殺すがな!」 「また「百合華」に雇われた刺客か? 刺客にしちゃ、堂々と来すぎだろ……ったく」  刃物を向けても、白い青年は足を止めない。それどころかこちらを見ていないように思う。アジトを一瞥し、空を見上げた。  ――呼雷針第三形態。 「百雷涙雨(ひゃくらいなみだあめ)――ッ!」  雲ひとつない空から黒い雷が落ちる。それは狙いたがわずアジトの屋根を貫いたが、一発では終わらなかった。名前の通り、雷が雨のようにアジトの上に次から次へと降り注ぐ。  威力、貫通力ともに劣るが、効果範囲は他の形態の比ではない。 「な、なんだ」 「おい! 何が起きている。誰か説明を――ぎゃうああっ!」  空襲としか思えない突然の事態に、邸宅内の構成員は逃げ惑う。  机の下に隠れても外に逃げても、矢のような黒雷に射抜かれる。  黒雷が何もかも引き裂いていく。屋根を潰し柱を砕き、まだ美しさを残していた邸宅をことごとく破壊する。  悪夢のような光景だが長くは続かなかった。涙雨のように、すぐに雷は収まる。その後に残ったのは立ち昇る黒煙と瓦礫の山だった。とはいえ、雷が砕いたのは邸宅だけで、周辺の家々どころか、邸宅を囲む塀にすら傷一つない。いやさすがに傷の一つや二つはあったが、その程度だ。  雷の雨に打たれたものは皆、失神しているか痺れてひっくり返っているか。平然と立っているものなど皆無。  邸宅の中に誘拐された一般市民が居るかも……など、考えもしていない攻撃。 「「「んがっ……」」」  唯一、塀の外にいた構成員三名だけは無傷だった。顎が外れそうなほど口を開けてアジトだった物を見つめる。  フリーが目を向けるとそろって武器を手放し、両手を挙げた。  構成員三人にボスの捜索を命じ、瓦礫の中から掘り出された人物に話を聞く。肌に絵を描いている目つきの鋭い男だ。 「初めまして。フリーと言います」  絵ではなく入れ墨というものだが、知らないものは知らない。 「……じ、「ジャバウォック」のキレン、だ。貴様は……? 噂に聞く、ごほっ。治安維持隊のエリート「玉蘭(ぎょくらん)」の者か?」  瓦礫の山となったアジトの前で、正座して向き合うフリーと「ジャバウォック」のボス、キレン。と、キレンの後ろで並んで正座している構成員三名。  座っているのも辛そうなボスの背を、構成員が支える。 「紳士っぽく着飾っているドブ野郎を知りませんか?」 「……? ドブ? 胸元に赤い、ごほっ! り、リボンをつけていたか?」 「はい」 「うちの幹部だ。多分。……それがどうした?」 「どこにいます?」  激しく咳き込むボスに変わり、答えたのは後ろの一人だった。ビビりながら瓦礫の山を指差す。 「あの、中、です」 「そうですか。では、頭から布を被った、甘ったるいにおいをさせている者はいますか? 手のひらから、光を放つ人です」  構成員三名とも顔を見合わせる。 「そ、そんな奴知らねぇ」 「手のひらから光? 魔九来来(まくらら)か? うちに魔九来来使いは一人いるが、そんな力じゃねぇし」 「この暑いのに布を被っている? 俺も見覚えはない……ったく」  ゆらりとフリーが立ち上がると、役立たずに用は無し(殺される)と思ったのか、構成員……下っ端三名は狼狽えだす。二人はボスを守るように抱きしめ、ひとりは両手を広げ真っ青な顔でフリーの前に立つ。 「し、知らないっ! 本当だ」  声が裏返っている下っ端のひとりにぐっと近寄る。遥か上から見下され、下っ端の顔に冷たい汗が流れる。 「では、心当たりは?」  答えたのはボスだった。自分を守ろうとする下っ端たちを押しのけ、座り込んだままフリーを見上げる。 「おそらくだが、「百合華」に雇われた者だろう。ごほっごほ……! 「百合華」は戦闘力が高くはないが金払いは良い。それで腕の立つ者を雇い、何度もうちにけしかけてきた。……フリーとか言ったな? 貴様は「百合華」に雇われた者では……ないのか?」 「その、「百合華」のアジトの場所を教えてください」  キレンは考えるようにうつむく。 「その……詳しくは知らん。「百合華」は複数のアジトを持ち、頻繁に場所を変えるんだ。魔研のようにな。「ジャバウォック」が特定できているアジトは五つ。だが他にもあるはずだ」  そこまで話すと限界だったのか、キレンは意識を失った。倒れかけたボスを下っ端が支える。 「ボス!」  フリーは淡々と口を開く。 「特定できている五つだけでいいので、教えてください」  下っ端の一人がフリーを睨む。 「……教えたら、殺すのか?」 「はい?」 「たしかに俺たちは殺されてもしょうがねぇ。殺しや売春、誘拐、盗みなんていつものことだからな。だが、このヒトを殺すというのなら、俺たちは命を懸けてお前に抗うぞ……っ」  風ひとつ吹かない炎天下。逆光で表情はよく見えないが、頭上にある金緑の瞳は凍えるほどに冷たい。 「貴方たちにとってキレンさんは大事なヒトなんですか?」  下っ端は震える唇でなんとか声を絞り出す。 「い、いや! このヒトは俺らから見てもクズの悪党だが」 「ゴミみてぇな俺たちの居場所になってくれたヒトだ」 「世間から見たら「ジャバウォック」のボスなんざ歩く粗大ゴミだろうが、「ジャバウォック」に必要なヒトだ……ったく」  尊敬されているのかなんなのか妙に分かりにくい評価だ。だがまあ、口で何と言おうとも、三人がボスから離れる気配はない。戦闘になれば敵わなくとも、一秒でも時間を稼ぐという気概をひしひしと感じる。 「俺の大事なヒトが、その布野郎とあなた方の幹部のせいで昏倒してしまったんです。殺したいほど腹が立っていますが、アジトの場所を教えてくれるなら、命は取りませんよ」 「「「……」」」  三人は顔を見合わせる。ボスを置いて逃げるという選択肢もあるのに、誰もそれを選ばなかった。 「もし、嫌だと言ったら……?」 「もう一度黒い雨を降らせます」  静かに腕を天にかかげるフリーに、三人は慌てだす。  一発目は獣人の頑丈さで耐えることは出来たが、二発目は無理だ。一発目を喰らいろくに回復も出来ていない今、「ジャバウォック」は確実に消滅する。 「ま、待ってくれ! 教える。教えるから」  一人が急いで地図を取り出す。 「地図に印をつけてある。ここに「百合華」のアジトがある」 「緑色の印は他の組織のアジトだから、これは無視してくれ……ったく」  差し出された手書きの地図を、しかしフリーは受け取らなかった。  なぜ? という顔をする下っ端に、フリーは言う。 「俺、地図読めないんで、案内してください」 「「「……」」」  三人は一瞬呆けたように固まったが、すぐにコクコクと頷いた。

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