20 / 57
第20話 第三形態
協力者を得たフリーの行動は素早かった。
布団に寝かせたニケをスミに任せると、フリーは単独で犯罪組織のアジトへ乗り込んだのだ。犯罪組織に一人乗り込むと聞いた時は、スミはこの白い人アホなのかなと思いつつも、場所を教えてくれた。
十二区の大きな犯罪組織といえば「百合華(ゆりか)」と「ジャバウォック」だ。
『このふたつは何年も前からばちばちにやり合っている。君がぶつかった男の特徴を聞くに、「ジャバウォック」の幹部だな。一度見たことがある。紳士っぽく着飾っているが、魂からドブのにおいがした』
辛辣な評価をしつつ、ニケを昏倒させた光を放った人物については知らないとのこと。
『そもそも「百合華」は女性しかいない。幹部の男と争っていた風なら、「百合華」が雇った者か、はたまた別の組織の者か』
その辺は「百合華」と「ジャバウォック」に訊くしかない。
フリーがまず向かったのは、十二区の旧豪商邸を根城にしている「ジャバウォック」。抗争中ということもあり、周囲には武装した若い衆が見回りをしている。物々しい警備からすぐにここだと判別できた。
真っすぐに突っ込んでくる白い青年に、「ジャバウォック」の構成員は素早く武器を抜き、口々に叫ぶ。
「何者だ! 近づくな。ここをどこだと思っている!」
「止まれ。まあ、止まらなくてもここに来た以上、殺すがな!」
「また「百合華」に雇われた刺客か? 刺客にしちゃ、堂々と来すぎだろ……ったく」
刃物を向けても、白い青年は足を止めない。それどころかこちらを見ていないように思う。アジトを一瞥し、空を見上げた。
――呼雷針第三形態。
「百雷涙雨(ひゃくらいなみだあめ)――ッ!」
雲ひとつない空から黒い雷が落ちる。それは狙いたがわずアジトの屋根を貫いたが、一発では終わらなかった。名前の通り、雷が雨のようにアジトの上に次から次へと降り注ぐ。
威力、貫通力ともに劣るが、効果範囲は他の形態の比ではない。
「な、なんだ」
「おい! 何が起きている。誰か説明を――ぎゃうああっ!」
空襲としか思えない突然の事態に、邸宅内の構成員は逃げ惑う。
机の下に隠れても外に逃げても、矢のような黒雷に射抜かれる。
黒雷が何もかも引き裂いていく。屋根を潰し柱を砕き、まだ美しさを残していた邸宅をことごとく破壊する。
悪夢のような光景だが長くは続かなかった。涙雨のように、すぐに雷は収まる。その後に残ったのは立ち昇る黒煙と瓦礫の山だった。とはいえ、雷が砕いたのは邸宅だけで、周辺の家々どころか、邸宅を囲む塀にすら傷一つない。いやさすがに傷の一つや二つはあったが、その程度だ。
雷の雨に打たれたものは皆、失神しているか痺れてひっくり返っているか。平然と立っているものなど皆無。
邸宅の中に誘拐された一般市民が居るかも……など、考えもしていない攻撃。
「「「んがっ……」」」
唯一、塀の外にいた構成員三名だけは無傷だった。顎が外れそうなほど口を開けてアジトだった物を見つめる。
フリーが目を向けるとそろって武器を手放し、両手を挙げた。
構成員三人にボスの捜索を命じ、瓦礫の中から掘り出された人物に話を聞く。肌に絵を描いている目つきの鋭い男だ。
「初めまして。フリーと言います」
絵ではなく入れ墨というものだが、知らないものは知らない。
「……じ、「ジャバウォック」のキレン、だ。貴様は……? 噂に聞く、ごほっ。治安維持隊のエリート「玉蘭(ぎょくらん)」の者か?」
瓦礫の山となったアジトの前で、正座して向き合うフリーと「ジャバウォック」のボス、キレン。と、キレンの後ろで並んで正座している構成員三名。
座っているのも辛そうなボスの背を、構成員が支える。
「紳士っぽく着飾っているドブ野郎を知りませんか?」
「……? ドブ? 胸元に赤い、ごほっ! り、リボンをつけていたか?」
「はい」
「うちの幹部だ。多分。……それがどうした?」
「どこにいます?」
激しく咳き込むボスに変わり、答えたのは後ろの一人だった。ビビりながら瓦礫の山を指差す。
「あの、中、です」
「そうですか。では、頭から布を被った、甘ったるいにおいをさせている者はいますか? 手のひらから、光を放つ人です」
構成員三名とも顔を見合わせる。
「そ、そんな奴知らねぇ」
「手のひらから光? 魔九来来(まくらら)か? うちに魔九来来使いは一人いるが、そんな力じゃねぇし」
「この暑いのに布を被っている? 俺も見覚えはない……ったく」
ゆらりとフリーが立ち上がると、役立たずに用は無し(殺される)と思ったのか、構成員……下っ端三名は狼狽えだす。二人はボスを守るように抱きしめ、ひとりは両手を広げ真っ青な顔でフリーの前に立つ。
「し、知らないっ! 本当だ」
声が裏返っている下っ端のひとりにぐっと近寄る。遥か上から見下され、下っ端の顔に冷たい汗が流れる。
「では、心当たりは?」
答えたのはボスだった。自分を守ろうとする下っ端たちを押しのけ、座り込んだままフリーを見上げる。
「おそらくだが、「百合華」に雇われた者だろう。ごほっごほ……! 「百合華」は戦闘力が高くはないが金払いは良い。それで腕の立つ者を雇い、何度もうちにけしかけてきた。……フリーとか言ったな? 貴様は「百合華」に雇われた者では……ないのか?」
「その、「百合華」のアジトの場所を教えてください」
キレンは考えるようにうつむく。
「その……詳しくは知らん。「百合華」は複数のアジトを持ち、頻繁に場所を変えるんだ。魔研のようにな。「ジャバウォック」が特定できているアジトは五つ。だが他にもあるはずだ」
そこまで話すと限界だったのか、キレンは意識を失った。倒れかけたボスを下っ端が支える。
「ボス!」
フリーは淡々と口を開く。
「特定できている五つだけでいいので、教えてください」
下っ端の一人がフリーを睨む。
「……教えたら、殺すのか?」
「はい?」
「たしかに俺たちは殺されてもしょうがねぇ。殺しや売春、誘拐、盗みなんていつものことだからな。だが、このヒトを殺すというのなら、俺たちは命を懸けてお前に抗うぞ……っ」
風ひとつ吹かない炎天下。逆光で表情はよく見えないが、頭上にある金緑の瞳は凍えるほどに冷たい。
「貴方たちにとってキレンさんは大事なヒトなんですか?」
下っ端は震える唇でなんとか声を絞り出す。
「い、いや! このヒトは俺らから見てもクズの悪党だが」
「ゴミみてぇな俺たちの居場所になってくれたヒトだ」
「世間から見たら「ジャバウォック」のボスなんざ歩く粗大ゴミだろうが、「ジャバウォック」に必要なヒトだ……ったく」
尊敬されているのかなんなのか妙に分かりにくい評価だ。だがまあ、口で何と言おうとも、三人がボスから離れる気配はない。戦闘になれば敵わなくとも、一秒でも時間を稼ぐという気概をひしひしと感じる。
「俺の大事なヒトが、その布野郎とあなた方の幹部のせいで昏倒してしまったんです。殺したいほど腹が立っていますが、アジトの場所を教えてくれるなら、命は取りませんよ」
「「「……」」」
三人は顔を見合わせる。ボスを置いて逃げるという選択肢もあるのに、誰もそれを選ばなかった。
「もし、嫌だと言ったら……?」
「もう一度黒い雨を降らせます」
静かに腕を天にかかげるフリーに、三人は慌てだす。
一発目は獣人の頑丈さで耐えることは出来たが、二発目は無理だ。一発目を喰らいろくに回復も出来ていない今、「ジャバウォック」は確実に消滅する。
「ま、待ってくれ! 教える。教えるから」
一人が急いで地図を取り出す。
「地図に印をつけてある。ここに「百合華」のアジトがある」
「緑色の印は他の組織のアジトだから、これは無視してくれ……ったく」
差し出された手書きの地図を、しかしフリーは受け取らなかった。
なぜ? という顔をする下っ端に、フリーは言う。
「俺、地図読めないんで、案内してください」
「「「……」」」
三人は一瞬呆けたように固まったが、すぐにコクコクと頷いた。
ともだちにシェアしよう!