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第21話 操縦士

 『百合華』の一つ目のアジトは空。『ジャバウォック』のアジトから近い順にめぐっていく。先ほどより外に出る住人の数が増えたように思う。おそらく、百雷涙雨(フリーの雷)の轟音に驚き、出てきたのだろう。一発でもやかましい雷が何十と鳴ったのだ。外に出て空を確認したくなる。  そんな人混みの中を、白髪と下っ端二名が駆け抜ける。  下っ端の一人に放っておけば死にそうな者の手当てを任せ、フリーは二つ目のアジトに到着。だが、ここも無人。  息の上がるフリーは下っ端の背中をぽんと叩く。 「あの、わざと無人のアジトへ案内してませんか? はあっ、雷好きなんですか?」  声を荒げたわけではないのに、背中を叩かれた下っ端は飛び上がった。 「ああッ! 違うんです。たまたまです偶然ですゥ!」  さっきからずっと声が裏返っている。 「はあ、はあ……。恥ずかしいことだが俺たちだって、「百合華」のアジトは空ぶりが基本だ……ったく」  口癖なのだろうか。「ったく」のヒトはフリーより汗を流し、くたびれた顔をしている。自分より体力のない生き物を初めて見て、フリーは地味に感動していた。  しかし休憩している暇も心の余裕もないフリーは、三つ目のアジトへ走る。  この辺にくると、散乱するゴミの数が減ったように思う。  角を曲がるといきなり現れた洋風建築。何かの店のようだが、和風家屋が並ぶ中凄まじく目を惹く。きれいな建物に挟まれたくすりばこ並みに浮いている。  アーチ型の扉。格子状の窓。豪華な照明に見たこともない素材の外壁。特に外壁はピンクに塗装され幻想的な物語……メルヘン感を主張している。  フリーはあっけに取られた。 「あ……なんですかこの建物? 派手な桃色に取り付かれてる!」 「最近入ってきた、洋菓子ってやつを売ってる店だ。表向きはな」 「……っ、……この国じゃ、はあ、見ない果物が使われていたりするが、はあっ、わりと美味いぜ。ったく……ッオエ」  下っ端が「食ったことあるんだ……」みたいな目を吐きそうな同僚に向ける。 「おい! なに「百合華」の売り上げに貢献しているんだよ。っていうか、よく買えたな。高級品だろ……ああ、そうか」  武家の妾の子だったなという言葉が聞こえたが無視して、吐きそうになっていない下っ端の首根っこを掴む。 「無駄口はいいから」 「はひィ!」 「ここでいいんですか?」 「あ、ああ。さっき、ちらっとだが「百合華」の代表のツラが見えた。ここにいやがる」  値が張るらしく客でごった返しているわけではないが、店内にちらほらと客の姿が見える。位の高いヒトの使いの者だろう。これでは「ジャバウォック」のときのように、問答無用で雷は落とせまい。下手をすると権力者を敵に回すことになる。  どうするのか唾を飲んで見ていると、白髪の青年は迷わず右手を挙げた。 「百雷涙雨」 「うそぉ……」  黒雷がアジト兼店を崩壊させていく。店内は阿鼻叫喚を極めたが、外から見ているとほんの一瞬だった。中にいなくてよかった。つくづく自分たちは運が良いと、下っ端二名は縮こまる。  轟音の嵐がおさまりホッとしたのも束の間。  振り向いた青年に、下っ端たちは短い悲鳴を上げる。 「何してるんですか? 代表とやらを発掘してきてください。顔、知っているんでしょう?」 「はいィ!」 「分かっ……エオォッ」  吐いてしまった下っ端にフリーは摩ろうと手を伸ばすが、途中でハッとし腕を引っ込める。  数分後。下っ端が目を回して気絶している女性の襟首を掴んで戻ってきた。 「こいつだ。はあはあ……「百合華」の代表、ララだ。偽名だと思うがな……」  そこでようやく、役人らしきヒトたちが駆けつけてきたようだ。ばたばたと足音と怒号が聞こえる。 「げ……。治安維持のやつらだ」  吐いていた下っ端が顔を歪める。  フリーはララという女性を受け取ると、なんてことない顔で下っ端たちに命じる。 「この惨状、あなた方がやったことにしてくださいね。一般人を巻き込んで建物を壊すなんて最低ですね。自首してください」 「「はあっ⁉」」  下っ端たちは揃って目を剥く。 「な、何を言って……。俺たちになすりつけようってのかよ」 「はい。あなた方と「百合華」さんたちのせいなんですから。……返事は?」  口ごもる二人。さすがにこれは「はい。わかりました」とは言えない。 「いや、俺らにこんな大規模な破壊は無理だぜ? 自首しても多分、信じてくれねぇよ」 「お、俺もそう思う……ったく」  じりじりと後退りする二人に、フリーはキミカゲを真似てほほ笑んでみる。 「おっと。キレンさんにトドメを刺すのを忘れていた。うっかりうっかり」  すっと笑みを消し「ジャバウォック」元アジトに向かって歩き出したフリーに、下っ端たちはきれいに額を地につけた。 「「自首してきまあぁす(ったく)!」」  前言撤回。自分たちはつくづく運が悪い。 「雇ったのは他人の舵(精神)を乗っ取る、「操縦士」の魔九来来(まくらら)使いだ……」  これを聞いた時、フリーはヒスイの「使役」との差がわからなかった。「使役」との違いは、乗っ取られた相手に自分の意志はなく、廃人と化すところらしい。例えるなら、乗っ取られた人が着ぐるみで、乗っ取った側が「中の人」。寄生虫のようだ。 「「ジャバウォック」の幹部。あいつは私の妹分を殺しやがったからね……。生かしちゃおけなかったのさ」  力なく笑ってるが、血が出るほど拳を握りしめている「百合華」の代表に、水を飲み干したフリーは怒っても笑ってもいない瞳を向ける。  二人が話しているのは十二区の往来。無人の家屋にもたれている。  ちらちらと視線を向けてくる者はいるが、まさか「百合華」の代表がこんなところで男と話しているとは思わない。他人の空似と脳が処理しているのか、誰も話しかけてこない。 「フリーとか言ったかい? あんたの連れには悪いことを……いや、不運だったね」 「その寄生虫野郎を追い出すにはどうすればいいんですか?」  ララ(おそらく偽名)は雷撃でただれた腕を摩る。 「……一度相手の心の中に入れば、乗っ取り完了しない限り出てこれないと言っていた」  フリーの手の中の竹筒から、軋むような音がする。 「「操縦士」がミスしたとなれば、幹部はまだ生きてるってことだね。こうしちゃいられない。私はあいつを殺るまで諦めるわけにはいかなくてね……。悪いがこれで失礼するよ」  怒りに目を燃やし、立ち去ろうとするララの背中に足刀蹴りを叩き込んだ。強化された一撃に、女性は軽々と柳まで吹っ飛ぶ。 「ぐあっ?」  衝突した柳が激しく揺れる。周囲の人がビクッと怯え視線を向けてくるが、フリーは構わず座り込んだ女性の前髪を掴み、顔の高さまで持ち上げる。我ながらこんなひどいことが出来るのか謎だった。不思議と良心が痛まなくて、酷いことをしているという感覚が、なかった。 「ぐうううっ」 「話、終わってませんよ?」 「ど、どうしろってんだい……。私は雇っただけで、「操縦士」についてそこまで詳しくはないっ。いくら私が出て来いと命じたからって、出てこれるわけじゃない。さっき説明したろ……」  犯罪組織の代表をしているだけあり、彼女はなかなか頑丈だった。しかしもうそろそろ限界だろう。唇の端から血を流し、目はかすんでいる。 「……」  前髪を掴んでいた手から力が抜ける。地に落ち自由になったララだが、当分立てそうにない。睨むように見上げると、白髪の男は途方に暮れた目をしていた。 (……今だっ!)  太もものベルトに差し込んであった暗器を引き抜き、男に突き立てようとした。「操縦士」め。とんでもない奴を巻き込んでくれたものだ。だが、舐められっぱなしでは終われない。特に男には!  ゴキッ。 「――?」  何か骨が折れるような音がしたが、確かめる前にララは気を失っていた。腕を蹴られたのだと気づくことはなかった。ころころと、麻痺毒の塗られた針が転がる。  倒れた彼女に見向きもせず、ずるずると民家の壁に座り込む。 (ニケ……)  守ると言っておいて、守れなかった自分のことがこんなにも嫌いになるなんて。  いや。今は自分のことはいい。ニケも元へ帰らないと。  立つのが億劫だったが、ニケに会いたい一心でスミの家に戻る。  この日――たった数時間で『百合華』と『ジャバウォック』の二大組織は、ぐんと規模を縮小することとなる。

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