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第24話 フワランモフラン
「帰ってほしい」スミとニケと「最後まで手伝って」なフリーであれこれ話し合ったが進展せず。
眠りっぱなしだったニケの腹が盛大になったので、一旦腹ごしらえをすることとなった。
金のないスミの案内で向かったのは大衆食堂「はなまる屋」。飯や根菜など簡単な食事と、茶と酒も楽しめる。昼前ということもありスミは空いているだろうと思ったが、予想に反して混み合っていた。
しかも客は店員までも巻き込み話している。昨日の謎の落雷音と、二大組織がほぼ壊滅した話題で持ちきり。フリーとニケは知らん顔をして運ばれてきた料理を食べた。上等な机や椅子など無いので、樽に板を置いた床机(しょうぎ)に三人並んで腰掛ける。酒に合うように薄味なのでお子様には物足りなかったが、腹が膨れると落ち着く。
茶を飲み(スミは酒)、周囲の話に耳を傾ける。誰かが「操縦士」のことを知っていて、その話題が出るかなと、淡い期待をしたのだが、無駄だった。
スミははぁと、酒くさい息を吐く。
「無駄だって。無駄。もう帰れば? 鬱陶しい」
「スミさん……。そんなにホクトさんのことを?」
「いくらでも長居していいけど。丹狼(あの兄ちゃん)に住所教えたら許さん絶対に」
周囲の話を聞くのに夢中だったニケは、フリーたちの会話を聞いていなかった。なんでスミはフリーの髪と頬を引っ張っているんだろうと思いつつ、盗み聞きを止めて白い腕にしがみつく。ふう、落ち着く。
「誰も話してないな。こちらに敵意を向けている者もいないし。……もう藍結にはいない、とかなら嬉しい」
「敵意、とかって、感じたりするものなの?」
「まあな」
敵意や悪意や殺意。そういったものを察知するのはお前さんの髪を引っこ抜こうとしている青年の方が、精度は上だがな。
もたれてくるニケの黒髪を撫でつつ、スミの手の中に視線を動かす。
「スミさんて、お酒飲めるんですね。大人~」
「なに? 飲めないの? 下戸?」
「ゲコ? 急にカエルの鳴きまねてどうしたんですか?」
隣にいきなり恐竜が座ったような顔をするスミに、ニケはフリーの膝を蹴りたくなった。
揉め事は良くないので、代わりに酒を飲めないヒトのことをそう言うと教えてやる。
「いえ。年齢的な制限で」
スミが衝撃から立ち直るのに、秒針が一周するほどの時を要した。
興味なさそうに、スミは酒に映る自分を見下ろす。
「律儀に守ってんだねー。えらいえらい」
「わぁ。全然えらいと思ってなさそう。二十歳まで我慢しろと言われて。衣兎(ころもうさぎ)族は? 何歳から飲めるんです?」
「自分らも二十歳から。成長の遅い種族を除けばだいたい二十歳から、だろ?」
くいっと最後のひとくちを飲み干す。
「じゃあスミさんは年上でしたか。二十代前半ですか?」
まさか後半ってことはないだろう。成長の遅い種族……リーンはいつから酒が飲めるのだろうか気になる。
大好きな先輩の顔を思い浮かべているフリーに、スミはしれっと言った。
「自分はまだ十九だけどね」
「ふぁっ?」
変な声が出た。一歳差だったか……じゃなくて、
「え? 未成年? なに普通に呑んでるんですか!」
スミはうるさそうに耳を半分に畳む。
え? その耳そんな器用に動かせるの? ちょっと触らせ……でもなくて!
「身体、大丈夫なんですか?」
「うっざ。いい子ちゃんか? そんなもん律儀に守っている奴の方が少ないじゃん」
「そうなの?」
思わずニケを見るが、ニケは呆れながらもうんうんと頷く。
「決まりや罰則が、あるわけじゃないしな。ま、紅葉街は翁がいらっしゃるから。未成年共は大っぴらに呑めないってだけだ」
ちなみにニケも二十歳になるまで飲まないと決めている。これはキミカゲがいるから、ではなく。キミカゲから酒の及ぼす影響を聞いた祖父が息子と孫に強く言い聞かせたからで、教育の賜物だった。
スミは鼻を鳴らす。
「というかさ、ニケ。ここ(首都)に何の用で来たわけ?」
「「……あ」」
そういえばまだ話していなかった。
「で、手紙より先についちゃったってわけ?」
混んでいる店内で座席を占領して話すのも悪いので、勘定を済ませると一行はスミの仕事部屋へと向かう。仕事をするために借りている部屋だそうで、花札市代のことを思い出したニケは複雑そうだった。
「はい。手紙を運んでくれる方より早く」
「そんなことある?」
鼻で笑い、仕事場の扉を開ける。すると中から雲が飛び出してきた。
「え?」
雲が飛び出してきた、以外に表現しようがない。フリーでも見上げるほどに大きい菖蒲色(赤みがかった紫)の綿。固まるフリーをよそに、スミはくすぐったそうな声を出す。
「はいはい。舐めるなって。いいこいいこ~」
雲……ではない。だが雲を千切ったようにしか見えないふわふわの生物。生物、なのかこれは。
ひとまず中へ入り、扉を閉める。室内は畳でも板の間でもなく、冷たそうな石の床だった。天井の一部はあいていて空が見えるし、壁の一面だけ檻のようになっており外から丸見えだ。これでは外と大差ないように思うが。
「そ、そのもふもふした、もふもふした生命体は何ですか……っ? あはっあはっ、えへっ」
ニケがどうしようもない奴を見る目を向けてくる。スミも気持ち悪い奴を見るような目になるも、紹介してくれた。菖蒲色の綿の塊をポンと叩く。その手はどこまでも沈み込んだ。
「こいつは『フワランモフラン』。精霊ケセランパセランと同一視されることもあるが、まったく違う生き物だからな?」
目や手足があるのかもわからない。しかし小刻みに動いてはいるので、毛に埋もれているだけのようだ。
「へぇー。好きです」
「こいつの毛を刈って形を整えること。自分はこれが大好きでな。今度の大会にも出るつもりだ」
「へええ。好きです」
涎を垂らしたまま目を逸らさない聞いちゃいないスミを見ちゃいないフリーを指差す。
「おい。ニケ。友人は選べよ? なんだこいつ。なんだこいつ!」
「はい。すいません。こういうやつなんで……。はい。すいません」
なんで僕が謝らなきゃならないんだろうか。だが、こうなってこそフリーである。ニケは色々諦めた。
「しっかしフワランモフランですか。はじめて見ました」
「まあな。自分も野生のランラン(フワランモフランの略)を見たことないし。こいつは大会に向けてレンタルした個体だ。名前は花子。オスだ」
何を思ってオスにこの名をつけたのだろうか。名前を付けたヒトに話を聞きたい。
「大会って、なんのです?」
話の流れから、ランランでなにかするかランラン同士を競わせる大会か。
大きいのに風で飛んでいきそうな毛玉を見つめる。
足が速そうに見えないし、転がる速度や跳ねる高さを競う大会とか? 毛が長いから、毛の美しさを競う、とか。おお、これは当たっていそうだ。
頭の中で予想を並べる。
スミは壁にかけてある複数の鋏のうち、一番小さなものを手に取った。
「こいつの毛をトリミングして……。一番『美しくて凝っていて面白い形』に仕上げた者が優勝の、ランランアート大会だ」
「すぅー、はぁーっ。すぅぅー、はぁー」
花子に埋もれるようにしがみついて深呼吸をしている白髪を平手打ちしてどかし、毛先をちょきちょきと切っていく。
手慣れているうえに、鋏を見てもランランが怖がる様子を見せない。
生物と関わる仕事をしているだけあり、最低限の信頼関係は築けている様だ。ランランから怯えの感情は伝わってこない。
「なんで俺、殴られたの……?」
なんか言っているフリーの背に腰掛け、毛量が限界突破している薄紫の毛玉を見上げる。
「もしかしてスミさん。これをしたくて独り立ちしたんですか?」
「まーね」
毛がつきにくい仕事用の前掛けを装着し、鋏を腰のベルトに差し込む。落ちた毛は箒でさっさと壁際に寄せる。
「こいつら寒いところ駄目だからってのもあるけど、都会での独り暮らしに憧れてたってのもある」
「毛が長いのに、寒いところ駄目なんですか? あったかそうなので平気そうに見えますが」
「寒いの駄目だから、毛が長いんだよ」
呆れて片手を腰に手を当てるスミに、ニケは首を傾げる。
「それなのに、毛を切っちゃっていいんですか?」
箒を元の場所へ仕舞う。
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