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第25話 ランランアート

「いいんだよ。こいつらの毛は元々高級布団に使われていたんだ。でも毛を切る過程で面白い形になったり芸術的な形になったりして。それを面白がった人々によって段々『どれだけ面白い形に出来るか』……そっちがメインになっていったってわけ」  この部屋に置いてある作業用の椅子(木箱)に座らず、スミも白い椅子に腰かける。 「うええっ。重い!」 「毛はすぐに伸びるから、虐待とか言わないでくれよ? こいつらだって、ヒトに飼われている間は餌に困らないし。むしろ自分よりいいもん食ってるし」  大人しいのか寝ているのか、花子はじっとしている。 「スミさんは昔からこういうのが趣味なんですか?」 「うん。ガキん頃。はじめは村で雪像作りをしていたけど、なんか違うなって思ってて」  スミの小さなころを想像して、ふたりに座られているフリーはほほ笑ましい顔つきになる。 「へぇ、三段雪ダルマとか、雪兎とかですか?」  小さい子が作れる雪像のクオリティなどこの辺りだろう。懐かしい凍光山(故郷)の景色を思い出し、ニケの顔がほころぶ。 「いや。毘沙門天とか龍神(尖銀白龍神)とか。小さなもので高さ十メートルくらいのやつ」  ひとり雪まつりを開催しておられる。なんだその特技。宿の客寄せとしてやってほしい。  フリーとニケのちょっと引いたような視線を知らんぷりする。 「で、ある日村に来たいつもの商人にランランアートの話を聞いてな。これだ! って思って、家を出たんだ」  ぐっと拳を握るスミは、朝日より輝いて見えた。夢中になれる趣味があるというのは、なかなかに羨ましい。 「大会はいつですか?」 「一か月もない。野分の月の尻(三十日)に大会があるから、もうそろそろどんな形にするか決めないとやばい」 「あ……忙しい時期とは知らずに、来てしまってすみません」  しょんと耳を垂らすと、ぐるんとフリーの首がこちらを見た。怖いからやめろ。  スミは白い歯を見せて笑う。 「気にすんなよ。遊びに来て良いって言ったの自分だし。ニケには妹が世話になってっからな。ぼろいけど、自分の家だと思ってくれ」  フリーにはあれだけ帰れコールしていたのに、スミは優しくニケの頭を撫でる。 「はい」  フリーはじっと拗ねたように睨む。 「スミさん。俺との対応に差がありすぎませんか?」 「うっさい。モヒカンにすんぞ」  しくしく煩いフリーを無視して隣の小さな倉庫から白菜を持ってくる。白菜を見た途端、花子はスミに突進した。  もふっ。  毛に埋もれスミの姿が見えなくなる。ニケのケツの下から「ぎゃああっ。うらやましい」とやかましい叫びが聞こえた。 「こら、花子。『待て』だ! 待ーて」  手のひらを突き出すと、身体をふりふりと揺らしていた花子が、ピタリと止まる。  毛から脱出して白菜を一枚剥がし、腕を突っ込んで口を探すと、「よし」と食べて良い合図をする。  全然見えないが口はあるようだ。目はあるのだろうか? あっても長毛で見えない気がするんだが。  ニケの心配をよそに、ランランは兎を思わせるような小さなお口で、パリパリと白菜を齧っていく。  ――という、微笑ましいものを想像していた。  確かに口らしき切れ込みはあったが、その星型の切れ込みから蜜柑の皮を剥くように身体がべりべりべりっと皮膚がめくれ、真っ赤なヒトデが姿を現す。  ニケたちが口を開けて固まる中、小さな牙をびっしりと生やしたヒトデは、白菜を持つ手どころか、スミの頭からばくんと被りついた。 「「あ、アアーーーッ?」」  二人の悲鳴が響き渡る。  す、すすスミさんが食われたっ? 「な、なんだこのクリーチャーはっ! 夢か?」 「フリー! いいから手伝え!」  倒れているフリーに手招きする。  かろうじて足首が口から出ていたので、ニケは力の限り引っ張ろうとした。  これで出てきたのが足首だけだったら……なんかフリーを拾った時も似たようなことを考え、ている場合ではない! 「わかった。手伝うよ!」 「よ、よし。せーので引っ張るぞ?」  ニケの手はがくがくと震えている。震えている場合か! しっかりしろ僕。フリーもいるんだ。怖がることはない。 「「せーのっ」」   「あ、大丈夫大丈夫」  渾身の力を込めようとしたとき、スミの全身がするんと口から出てきた。  フリーとニケが揃って後ろに倒れる。  コントのように仰向けになったふたりに、スミは首の後ろを掻いて申し訳なさそうに笑う。 「悪い悪い。驚かせたか? ランランは草食のクセに口がでかいから、驚くよな」  先に一言欲しかった。  起き上がり、少し離れた場所で食事風景を見守る。どう見ても宇宙外生命体は瑞々しい白菜とたまにスミを食べていく。頭から丸かじりされるたびに一応叱ってはいるが、あまり効果は無いようで。それどころかスミに構ってほしくてわざとやっている気さえする。 「なるほど。これがバカップルか……」 「?」  冷めた目でニケが何かつぶやいたが、言葉の意味は分からなかった。  しかし花子の餌は珍しい夏の白菜、「千鶴(ちづる)白菜」。かなり高価な野菜だ。確かにレンタル主よりいいものを食べている。彼は裕福ではなさそうなのに、餌代やその他はどうしているのだろうか。 「スミさん。生活はどうしているんです? ランランアート以外になにか仕事してます?」 「ん? ああ、もちろん。……どうした?」 「あ、いえ。ランランアートだけで食っていけるのか気になって」  小さい子に心配されている自分に、スミは乾いた笑いを漏らす。 「あー……。大会は年に一回あって、優勝者のみ賞金が出るけど、他の仕事して餌代は稼いでいるから心配ないぞ」  自分のご飯代を稼いでください。 「ランランアートの大会、見に行ってもいいですか?」 「おおっ。それは是非! ランランアートに興味持ってくれるヒトが増えるのは大歓迎だ。まだまだ小さな祭りみたいな規模だからな。前回は参加者が自分含めて十六人で、観客が一万人くらいだったしな」  わかりやすくテンションが上がり、饒舌になっている。好きな話題になると元気になる気持ちは分かる。 「あれ? 一万人って……首都とはいえ結構な数じゃないですか?」  小さな祭りではない。 「あ、そうなんだよ。でもこれはランランアートの力じゃないんだ」  悲しいことに。 「どういうことですか?」 「数年前、国王キュートベリリットさまのご息女の娘さん。つまり国王の孫娘であるキュートリリィさまが大会を見に来られてな。……すげぇ警備だったぜ。ホーングース(王の剣)と治安維持隊のエリート『玉蘭』まで出張ってて。それ以来、観客の六割以上はキュートリリィさま目当てだ」  王族を一目見ようと、民衆が集まるのだ。  がっくしと肩を落とすスミに、励ましているのか餌の催促をしているのか、花子がふわんふわんと体当たりする。  ニケは目を泳がせる。 「そ、それでも、たくさんのヒトがランランアートを知るきっかけになるんだし、いいじゃないですか……?」 「まあな。そうなんだけどな。やっぱ自分としてはランランアートの魅力だけで有名になってほしいって気持ちが……」  花子をよしよしと撫で、スミはニケに目を向ける。 「ところでニケとその付属品は首都の宿目当てで来たんだよな?」 「あ、はい」 「付属品?」  スミは一枚の紙片を差し出す。 「これ地図な。二区に高級旅館があるから、見てくればどうだ? 見事な中庭を自慢……じゃなくて一般開放しているから、いまならタダで入れるぜ」  嬉しさからニケはピンと耳を立たせる。 「ありがとうございます。スミさん」 「ああああああ! くすぐったいほどふわふわああああ」  ニケはスミに飛びつき、フリーは花子に飛びついた。

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