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新たな出発3

 唯奈が出て行ったのはそれから四日後の金曜日、仕事に行っている間に引っ越しを済ませたようで、郵便受けに鍵がひとつ入っていた。  そしてリビングダイニングのローテーブルには記入済みの離婚届が置かれていた。  離婚届の他にメモも残っていて、顔も見たくないから家には来ないで、と書かれていた。  今週末には唯奈の実家に行くつもりでいたけれど、来ないでと言われたら行くわけにはいかない。  としたら、自分の親にだけは離婚することを言わなくてはいけない。怒られるだろうな。  だけど、これ以上自分の気持ちに蓋をすることはできないから、なにを言われてもしかたない。  今、電話するか。  理解なんてして貰えるとは思ってないし、勘当されるかもしれないと思うと電話をするのが怖い。  電話を持つ手が震える。 「はい、もしもし瀬名でございます」  数回のコールで母親が出た。 「もしもし、俺だけど」 「あら、立樹? 電話なんて珍しいじゃない」 「うん、ちょっと報告したいことがあって」 「なに、改まって。もしかして、子供でもできたの?」  子供というワードが出て、親はそれを待っていたのかもしれないと思った。  孫の顔が見たいと思っているだろう。 「いや、そうじゃないよ」 「あら、じゃあなに?」  決定的な一言を言うのにドキドキして怖い。  でも、伝えないわけにはいかない。 「あのさ。俺、唯奈と別れる」  ひと思いに口にする。  そうでなければ怖くて言えなかった。 「唯奈さんと離婚? 喧嘩でもしたの? 少し気のきついところあるものね」 「いや、唯奈は悪くないよ。悪いのは俺」 「あなたが? あまり怒らないあなたが珍しいわね」 「いや、そうじゃなくて。俺、他に好きな人がいて。その人を失いたくないんだ」 「え?」  まさか離婚の原因がそんなことだとは思わなかったのだろう。母親は絶句している。 「近いうちにきちんと話しに行くけど、とりあえず報告だけでもと思ってさ」 「ほんとに離婚するのね? 慰謝料はどうするの?」 「払うよ。俺の勝手だから」 「そう。その辺もきちんと話したのね。お父さんには私から話しておくけれど、あなたも直接お父さんに話しなさい」 「うん。わかってる」 「近いうちに帰っていらっしゃい。そのときにまたゆっくり聞くわ」 「わかった」  母親は特に怒ることもなく話しを聞いていた。もしかしたら唯奈に問題があって俺が他に好きな人を作ったと思っているのかもしれない。  でも、とりあえず母親にだけは離婚のことを言えてホッとした。  ホッとしたことだし、呑みに行くかな? 悠はもう仕事は終わっただろうか。悠の顔が見たい。そして離婚することを伝えようと思う。  悠にメッセージを送ると、『今帰宅中』とすぐに返信が来た。なので、いつもの店で待ってると送り、部屋着に着替えたばかりだけどカジュアルな普段着に再度着替えて家を出る。  離婚するって言ったら悠はどう思うだろうか。ただひとつ誤解して欲しくないのは、悠と付き合えないとしても離婚することは変わらないということだ。  悠が好きだから離婚する。でも、それを自分のせいだと思って欲しくない。結婚したいという唯奈に対して首を縦に振ってしまった俺が悪いんであって、悠は少しも悪くはない。そして知っていて欲しいのは、悠のことを本気で好きだということだ。  以前、悠は告白してくれていた。でも、今はどう思っているかわからない。彼氏と1ヶ月で別れているけれど、ただ相手を好きになれないだけで、もう俺のことは好きじゃないかもしれない。  でも、だとしても俺が悠のことを好きなことに変わりはない。  それでも、あわよくば付き合いたいという気持ちがあるのも嘘ではない。  そんなことを考えながらいつもの店でビールを呑みながら悠を待っていると、それほど待たずに悠は来た。  俺が結婚してからは、呑むとなると食事もできる居酒屋になりがちで、悠と出会ったこの店で待ち合わせるのはすごく久しぶりだということに気づく。   「お待たせ。この店で待ち合わせって珍しいね」  俺の顔を見るなり悠が言った。 「今日はね。お腹空いてる?」 「うん、ちょっとね」 「そしたらどこかに食べに行こうか」 「立樹は? 食べてきたの?」 「いや、俺も食べてない」 「じゃあ食べに行こう」 「そうだな。じゃああのハンバーグ美味い店に行こうか?」 「久しぶりだね。そう考えたら余計お腹空いてきた」  そうやって笑う悠が可愛いと思う。  悠のその笑顔をずっと見ていたいと思う。隣でずっと。  俺にそのポジションをくれるだろうか。それが少し怖かったりもする。  唯奈以前にも付き合った女の子がいない訳じゃない。  そういった言葉を言ったことがない訳でもない。でもそれを伝えるときにこんなにドキドキしただろうか、と思うほどに今、ドキドキとしている。  そう思うと今まで付き合った歴代彼女よりも悠のことが好きだと言うことなのだろう。  バーを出て悠と行ったことのあるハンバーグの美味しい洋食屋へ行く。  少しレトロな感じの洋食屋でなにを食べても美味いけど、特にハンバーグとオムライスが美味い。  この店は料理が美味くて落ち着いた店なので話しをするにはぴったりだった。  2階席の奥に案内され、ハンバーグを注文した。

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