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未来のために3

 その日悠は22時頃帰宅した。   「悠、また1人で歩いてきて。危ないだろ」 「か弱い女性じゃないから大丈夫だって」 「でも刃物持たれてたりしたらどうするんだよ」  あの日、ナイフで首を切られたというのに悠は暢気にしている。 「もう大丈夫だよ。あれから随分経ってるし、なにより引っ越したんだしさ。このマンションの場所なんて知らないんだから」 「それでも危ないよ」 「心配症だな。大丈夫だって」  確かに今は実家から引っ越している。だからあのときの男はもう大丈夫かもしれないけれど、あのとき首を切られたという事実は俺の中で未だに恐怖として残っている。 「じゃあ今度から迎えには行かないけど、駅に着いたら連絡ちょうだい。そしたらあまりに遅かったらなにかあったとして迎えに行くし」 「わかった。じゃあ今度からそうする」 「今日はあまり呑んでないね」 「うん。社会人になってからあまり会ってない友人がいたりしたから呑むより喋る方に忙しかった」 「そっか。そしたら話したいことがあるから先にお風呂入っておいで」 「話し?」  話しという言葉に悠は一瞬表情が強ばった。なにか悪い話だと思っているようだ。 「悪い話じゃないから安心して」 「うん……じゃ入ってくる」  悠は俺がノンケだから女性に戻るんじゃないかと思っているのかもしれない。  だけど、帰りが遅いと心配して迎えに行くくらいなんだからそんなこと考えなくていいのに。それでも、悠の中では俺が結婚したことがまだ引っかかっているのかもしれない。  だけど、これから話すことを聞いたらきっと悠も安心してくれるのではないか。そう期待している。  これから話すということで緊張から口の中がからからだ。  冷蔵庫から水を取り、喉を潤す。  そうしていると悠がお風呂から上がってきた。話があるっていったから簡単にシャワーで済ませたのだろう。 「はい。お水。それともなにか飲む?」 「うん。コーヒー飲みたい。デカフェ」 「了解。今淹れるね」  緊張から心臓がバクバクいっているから、コーヒーを淹れて気持ちを落ち着かせる。  デカフェは一杯ずつのドリップコーヒーなので、時間もかからずすぐに入り悠に渡す。 「話しってなに?」  俺も緊張でバクバクいっているけど、悠も緊張しているようだ。 「あのさ。俺と結婚して欲しい」  一口で言い切って、結婚じゃなかったと気づく。  そこは悠も気づいたらしい。 「立樹。男同士だから結婚できないよ」 「そうだよな。えっと、だから結婚式挙げてパートナーシップを結んで欲しい」 「え? パートナーシップ?」 「そう。パートナーシップ制度を利用したい」 「本気なの?」 「本気だよ。結婚できるなら結婚したいけど、できないからパートナーシップ制度を利用したいんだ」 「離縁、しない?」 「しないよ。唯奈と離婚したのは、悠のことを失うのが怖いくらいに好きだったから。その悠とパートナーシップ制度を利用するなら、離縁する必要がないから」 「でも、立樹はまだノンケでしょう?」  その言葉で、やっぱり俺の離婚経験とノンケであることを気にしているんだとわかる。 「そうだね。男性が好きとは思わないかな。でも、悠は特別なんだ。男とか女とか関係ない」 「信じていいの?」 「俺のこと信じられない?」 「ううん。そうじゃなくて。なんだか俺に都合のいい言葉を聞いたから」 「ということは答えはイエス? それともノー?」    悠は一瞬下を向いたけれど、顔を上げるとその顔は泣き笑いだった。 「捨てないでね、っていう約束でイエス。俺で良ければ」  悠の口からイエスの返事を聞き、大きく息を吐き出す。悠も緊張しただろうけど、俺の方が緊張した。ノーの返事というのもあり得たからだ。  それがイエスの返事を貰えたから肩の力も抜けた。  プロポーズってこんなに緊張するんだな。唯奈のときはこちらからプロポーズしていないから知らなかった。  そうだ。俺がプロポーズしたいと思ったのは悠だけなのだ。 「あ! もっとロマンティックなところでプロポーズすれば良かった」 「そんなのどこだっていいよ」 「でも、一生に一度だぞ?」 「そんなの気にしないよ。逆に日常の中で言われる方が忘れないかもよ?」 「そうかな?」 「そうなの」  そう言って笑う悠を見て、今日のことを忘れたくないし、忘れられたくないなと思った。  

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