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第38話 苦い麦 2
世の中の全ての人に恥ずかしい。
もう、こっちのマトモな世界には、戻れないのか?
あっちの世界、おぞましい男の支配する世界から逃れられないんだ。だって気持ちよかったから。気持ちよくなるのはマトモじゃない。
きっと世界中、どこにもオレの居場所はない。
キッチリ分けられている。あの男とオレだけの世界。オレはあんな事されている気持ち悪い人間だ。
「こっちの世界に入ってくんな!」
声が聞こえる。人々とオレを隔てる声。
オレは一生、あの男にしか相手にされないのだろう。
セックスというものは、イヤらしくて汚らしくて、おぞましいものだ、と、いつも思っていた。
後ろめたさと自責の念に苛まれながら、それでも自慰をしてしまう。穢れた人間。自分をそう思って来た。
ずっとその考えに囚われていた。あの男がいなければ、もっと人を愛せたのだろうか?
二十歳まで我慢して、思い切って家を出る決意をした。
話し合って、合法的に、母親を泣かせないように。
だだし、居場所は知らせていない。一人暮らしになったら、きっとあの男は部屋に来る。
それでヤマトとタケルの所から出られないのだ。居候は切実な手段だった。
ヤマトとタケルには言えない。口に出すのもいやだった。初めてここに告白する。
家を出ると決めた後、奴は缶ビールを持って部屋に入ってきた。
「自立するんだね。お祝いに一杯やろう。」
母さんはいなかった。
無理矢理、口移しでビールを飲まされた。
不味い、気味が悪い。唾液の混じったドロっとして苦い液体。
苦い麦。
「おまえはどこに行っても私のものだよ。
義理でも息子なんだから。法律が私とおまえを繋いでくれる。離れられないよ。
私にはその権利がある。」
呪いの言葉。
ミコトは、酒が好きだ。現実逃避して感覚が麻痺する。何でも許せるような気がしてくるから。
だけどビールだけは受け付けない。ビールに罪は無い。ただトラウマが消えない。
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