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第65話 小説『凍てついた夜』
時の流れは不思議だ。
いつも時間に追われて、ホストは暇じゃない。真面目に営業活動しなければ、売り上げが下がる。
凍夜は、女性たちを侍らせて、王様のような仕事ぶりだったが、ミコトを愛するようになってホストはやりにくくなった。
ミコトはその可愛らしさからお姉様たちに人気だ。
凪の事件以来、女性たちが遠のいて行くのがわかる。それは確実に売り上げを減らしている。
それでも、まだ太客はいる。
「凍夜の不機嫌な顔がいいわ。
冷たい男を手に入れるのは、私の喜び。」
マダムヒロコ。
糖質を気にして、いつもソウメイを注文する。
高価なシャンパンの中でも糖質が半分ほどなのだ。原価は30万。店売りで100万。
マダムヒロコは、若い頃、著名な文豪に愛された女。今でも美貌の片鱗が残る80才。文豪から莫大な遺産を受け取った。
「ヒロコ、俺、元気ないんだ。慰めてよ。」
その客の肩に頭を預けて、その手を握る。
(子供の頃ばあちゃんに甘えた事を思い出す。)
客はそんな事を思われているとは、少しも考えないだろう。
「ヒロコ、店が終わったらどこかに連れて行ってよ。」
「珍しい事言うのね。
あなた、パートナーがいるのでしょ。」
「いいんだ。たまには離れるのも。」
「そう言えば、あなたをお気に入りだった作家の徳田凪、いま本が売れているわね。」
話題になっているのは凍夜も知っていた。
『凍てついた夜』
凪の新作のタイトルだ。
凍夜はその本を読んでみた。
最初は、凍夜と凪の恋愛がモチーフになっていると思っていた。
ところが凍夜とミコトを主役にして悪意に満ちたタッチで書かれていた。
ヒロコに聞かれた。
「凍夜はゲイだったの?
それとも作家の虚構の世界?
内容はドロドロの恋愛話だった。
でもやけに信憑性があるのよ。
天才作家なのね。」
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